(21)エピローグ
「おはようございます」
セオディア・メレ・エトゥールは執務室に足を踏み入れて、ミナリオからの挨拶に困惑した。
カイルが既に大量の書をさばいていたからだ。カイルとミナリオがすでに仕事をはじめているので、そのままメレ・エトゥールの執務を開始する。
――どういうことだろうか。昨晩の様子からいくと、しばらくの間は絶対に手伝いは拒否するだろうと予想していたのだが。
会話のない執務室には、ペンを走らせる音だけが存在し、静寂が守られた。
「……」
「……」
「ファーレンシアは二曲目の貴方の謝罪を受け入れるそうだ」
「――」
カイルの唐突な報告で沈黙は破られ、メレ・エトゥールの反応はやや遅れたものになった。
「そうか」
「ただし、婚約式と結婚式に同様のことをしたら侍女共々一生許さないそうだ」
「………………」
ちょっと待て、と思う。
メレ・アイフェスにその内容を伝言させる妹も妹だが、その伝言役を承るメレ・アイフェスもどうかと思う。
――鈍い。その一言につきる。
「ファーレンシアがそう言ったのか?」
「ああ」
「一言一句間違いなく?」
「間違いなく」
「それに関してのカイル殿の感想は?」
「ファーレンシアの心情として理解できる」
――惜しい。理解の方向が間違っている。
婚約式も結婚式も自分には無関係と考えている時点で落第である。ファーレンシアはこの先、彼のこの鈍さに苦労するに違いない。兄として、やはり外堀を埋めて援護するべきだろうか?
「そうか、心得ておこう。初社交もすんだことだし、彼女への婚姻の申し込みも増えるだろうから、そう先のことではあるまい」
「え⁉︎」
「通常は11〜12歳の初社交、16歳までに婚約、結婚が成立することはよくあることだ」
「……知らなかった……」
やや呆然とカイルは呟いた。
どうやらファーレンシアに対して全く無関心というわけではないらしい。その午前中のカイルの働きは、珍しく凡ミスが多かった。
セオディア・メレ・エトゥールは、妹の恋を応援すべきか、国務の効率を優先すべきか、本気で迷いが生じた。
中庭から竪琴の音色が聞こえてくる。
セオディアが窓から見下ろすと、敷布がひかれ、竪琴を奏でているのはもちろん妹ファーレンシアだ。そのそばで自分のウールヴェをクッション代わりにくつろいだカイルがその音楽を聞いている。
どこから見ても恋人の時間で、噂は城を駆け巡り、街に流れるだろう。こちらの好都合というものだ。
恐らく賢者は、女性に竪琴をひいてもらうことの意味をわかっていない。これは交際中と公言するに等しい行為だった。
――ファーレンシアも、あえてその事実を告げなかったに違いない
脈がないわけではない。いや、はっきりとあるのは確かだ。
ファーレンシアへの婚姻申し込みの書を数枚、彼のところに混ぜておくと、動揺した彼は羽根ペンを折っている。その姿は非常に面白い。
――明日はさらに混ぜておこう
メレ・アイフェスに己の恋心を自覚させるには、一苦労だ、とセオディアは思った。彼等はそういうことに、疎い人種なのだろうか?
「……悪い顔をされていますよ」
見かねたミナリオが警告する。彼はメレ・アイフェスの自由時間のために、代理の労働提供を申し出たのだ。
「二人が婚約してくれれば、書の半分は減るんだが?」
「それは理解できますが……」
「これはどうやって外堀を埋めるべきかな?ミナリオ」
「私にきかないでください、メレ・エトゥール」
元専属は新しい主人への裏切りの加担をきっぱりと拒絶した。
まだ、エトゥールは平和だった。
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