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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第20章 大災厄(2)
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(72)閑話:ウールヴェを育てよう③

お待たせしました。本日分の更新になります。

お楽しみください。

 真面目なディム・トゥーラも、専門分野である動物に関しては、間違いなく研究馬鹿であることはカイルが一番わかっていた。

 

 所長のエド・ロウの右腕として、研究員達を(たば)ねていた彼は、多忙な管理業務をこなしつつ、器用にも自分の研究の時間を生み出していた。彼が研究成果を出していたのは、機会を逃さない行動力と判断力だった。

 暇があれば、論文か報告書を読んでいる姿をカイルはよく目撃していた。目的のためなら、努力と労力は()しまないタイプだった。


 その彼が、この絶好(ぜっこう)の研究機会を逃すだろうか?


 意外にも馬好きで情報通の将軍から情報を得たあとに、時間を作って危険なカストの山奥まで探索(たんさく)のために飛んでいきそうで、カイルは怖かった。


『とりあえず!今は!将軍達のウールヴェの話だから!』

『そういえば、そうだったな』


 カイルは叫ぶような思念で、脱線したディム・トゥーラの軌道を修正し、本来の目的を思い出させることに成功した。


『馬の絵ぐらいなら、描いてあげるから、野生馬を探しにカストの山奥に行くなんて言いださないでよね』

『……………………だめか?』

『ダメに決まっているでしょ?!』


 危ない。釘を刺して正解だった。カイルは自分の読みの深さを自画自賛(じがじさん)をした。

 若干、(ウールヴェ)尻尾(しっぽ)が垂れていることは、見なかったことにした。

 釘を刺す相手はもう一人いた。


「絵は描きますから、将軍も(ウールヴェ)を連れてカストを案内するなんて言わないでくださいね」

「なに?!ダメなのか?!」


――ここにも隠れた問題児がいた。

 将軍の返答にカイルは頭痛を覚えた。




『そういえば、エトゥールにも野生馬くらいはいるよな?』

『とりあえず、馬の話題から離れて!』




「ウールヴェの幼体を選ぶのは延期にしますか?」


 カイルの脅迫に近い言葉に、ガルース将軍もダナティエも悲壮(ひそう)な顔をした。ぶんぶんと二人そろって首をふる。


「…………本当にカストでは宗教的に禁忌(きんき)なんですか?」


 カイルはやや呆れつつ、ディヴィに再度確認をした。


「尊敬してやまない上官と愛する娘を誘惑し、堕落させた、最上級の悪魔の使いだと俺は思っているぞ?」


 ディヴィも真顔で答える。

 カイルは小さなため息をついて網籠(あみかご)の中にうごめくウールヴェの幼体達に視線を落とした。

 

「とりあえず、幼体を選びましょう」

「で、どうやって選べばいいのかね?」

「普通は手を伸ばして手に乗って相性のいい子を選ぶのですが……」

「どれも同じに見える……」

「違いがわからないわ……」


『カイル』


 唐突にディム・トゥーラが言った。


『幼体から金の線が出ている』

『は?!』


 カイルは思わず聞き返した。


『僕には何も見えないけど?!』

『出ている。将軍と娘に向かって一対の線ができている』

『どれ?』


 虎は器用に手を伸ばして、幼体をつついた。


『右が将軍で、真ん中のが娘に』 


 カイルは自分が選ばれないように、遮蔽(しゃへい)をしてから、ディム・トゥーラが指摘した二匹を別の籠に隔離(かくり)した。


『あと、非常に言いづらいことだが』

『何?』

『副官の彼にも(つな)がっている幼体がいる』


 カイルと虎のウールヴェはそろって、副官であるディヴィに振り返った。

 聡明(そうめい)な副官はそれだけで、人生の危機を悟った。


「言うな……」

「あ~~そのですね……」

「言うなっ!絶対に言うなっ!」

「いや、でも~~」

「すごく、嫌な予感がするから、絶対に!俺に!言うなっ!」

「ディヴィも選ぶことが可能なのか。喜ばしい」

「お父さん、すごいっ!!」


 ダナティエが感激したように、父親を尊敬の眼差しで見つめてきた。この期待に満ちた瞳を無視できる親はそうそういないだろう、とカイルは思った。

 ディヴィは蒼白(そうはく)になった。


「……俺は、今、猛烈(もうれつ)な勢いで外堀(そとぼり)が埋められているのを感じるんだが……」

「……(まれ)にみる突貫工事(とっかんこうじ)ぶりですよね」


 ディヴィはがっくりと膝をついた。

続きます。

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