(72)閑話:ウールヴェを育てよう③
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
真面目なディム・トゥーラも、専門分野である動物に関しては、間違いなく研究馬鹿であることはカイルが一番わかっていた。
所長のエド・ロウの右腕として、研究員達を束ねていた彼は、多忙な管理業務をこなしつつ、器用にも自分の研究の時間を生み出していた。彼が研究成果を出していたのは、機会を逃さない行動力と判断力だった。
暇があれば、論文か報告書を読んでいる姿をカイルはよく目撃していた。目的のためなら、努力と労力は惜しまないタイプだった。
その彼が、この絶好の研究機会を逃すだろうか?
意外にも馬好きで情報通の将軍から情報を得たあとに、時間を作って危険なカストの山奥まで探索のために飛んでいきそうで、カイルは怖かった。
『とりあえず!今は!将軍達のウールヴェの話だから!』
『そういえば、そうだったな』
カイルは叫ぶような思念で、脱線したディム・トゥーラの軌道を修正し、本来の目的を思い出させることに成功した。
『馬の絵ぐらいなら、描いてあげるから、野生馬を探しにカストの山奥に行くなんて言いださないでよね』
『……………………だめか?』
『ダメに決まっているでしょ?!』
危ない。釘を刺して正解だった。カイルは自分の読みの深さを自画自賛をした。
若干、虎の尻尾が垂れていることは、見なかったことにした。
釘を刺す相手はもう一人いた。
「絵は描きますから、将軍も虎を連れてカストを案内するなんて言わないでくださいね」
「なに?!ダメなのか?!」
――ここにも隠れた問題児がいた。
将軍の返答にカイルは頭痛を覚えた。
『そういえば、エトゥールにも野生馬くらいはいるよな?』
『とりあえず、馬の話題から離れて!』
「ウールヴェの幼体を選ぶのは延期にしますか?」
カイルの脅迫に近い言葉に、ガルース将軍もダナティエも悲壮な顔をした。ぶんぶんと二人そろって首をふる。
「…………本当にカストでは宗教的に禁忌なんですか?」
カイルはやや呆れつつ、ディヴィに再度確認をした。
「尊敬してやまない上官と愛する娘を誘惑し、堕落させた、最上級の悪魔の使いだと俺は思っているぞ?」
ディヴィも真顔で答える。
カイルは小さなため息をついて網籠の中にうごめくウールヴェの幼体達に視線を落とした。
「とりあえず、幼体を選びましょう」
「で、どうやって選べばいいのかね?」
「普通は手を伸ばして手に乗って相性のいい子を選ぶのですが……」
「どれも同じに見える……」
「違いがわからないわ……」
『カイル』
唐突にディム・トゥーラが言った。
『幼体から金の線が出ている』
『は?!』
カイルは思わず聞き返した。
『僕には何も見えないけど?!』
『出ている。将軍と娘に向かって一対の線ができている』
『どれ?』
虎は器用に手を伸ばして、幼体をつついた。
『右が将軍で、真ん中のが娘に』
カイルは自分が選ばれないように、遮蔽をしてから、ディム・トゥーラが指摘した二匹を別の籠に隔離した。
『あと、非常に言いづらいことだが』
『何?』
『副官の彼にも繋がっている幼体がいる』
カイルと虎のウールヴェはそろって、副官であるディヴィに振り返った。
聡明な副官はそれだけで、人生の危機を悟った。
「言うな……」
「あ~~そのですね……」
「言うなっ!絶対に言うなっ!」
「いや、でも~~」
「すごく、嫌な予感がするから、絶対に!俺に!言うなっ!」
「ディヴィも選ぶことが可能なのか。喜ばしい」
「お父さん、すごいっ!!」
ダナティエが感激したように、父親を尊敬の眼差しで見つめてきた。この期待に満ちた瞳を無視できる親はそうそういないだろう、とカイルは思った。
ディヴィは蒼白になった。
「……俺は、今、猛烈な勢いで外堀が埋められているのを感じるんだが……」
「……稀にみる突貫工事ぶりですよね」
ディヴィはがっくりと膝をついた。
続きます。




