(2)御使
多人数で食事ができそうな大きな卓前の椅子にカイルは勧められるまま座った。対面に青年が腰を下ろし、少女はその脇に立った。外見上青年は二十代半ばぐらいに見えた。妹である少女と十歳ぐらいは年齢の差がありそうだった。
話を切り出したのは青年からだった。
「私はセオディア・メレ・エトゥール。この地を納めているものだ。ここにいるファーレンシアの兄でもある」
いくつかの事柄がパズルピースのようにはまった。ファーレンシアが語った「若き領主」とは彼女の兄のことだったのか。そしてこの場所は、先日、探索をした惑星の地上領域であった。
しかも青年の言葉は少女の時と同様に理解できる。この男も精神感応能力を持つ人物なのだろうか?そういえば、彼女は一族特有の能力だと言っていた。
「貴方は『精霊の御使』か?」
はい?
「――意味がわからない」
カイルは率直に答えた。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた。
「いくつかの事実を確認したい」
若き領主は、気を取り直したように正面からカイルを見据えた。
「妹が二週間ほど前に『精霊樹』で会ったと言っていた」
「『精霊樹』?」
「初めてお会いした巨木のことです。ここからも見えますわ」
少女が示した窓から、月光の中に浮かび上がる見覚えのある大樹が見えた。
「……ああ、あの時の……」
「はい」
「鳥の姿で移動してきたと彼女は言うが」
「……まあ、あの時は」
「国の守護の象徴である赤い『精霊鷹』の姿で」
はい?
「城下でも目撃した者が多数いて、知らぬものはいない。貴方は『精霊鷹』でこの地を訪れたのか?」
やっちまったぁぁぁぁ――カイルは青ざめた。
子供が素体を、はしゃぐように追いかけてきたのも、それをからかうように旋回したのもはっきりと記憶していた。
吉兆のシンボルの生物が出現すれば、当然の反応だ。
思いもよらぬ自分の失態をつきつけられ、カイルは冷や汗を感じた。自分が気楽に同調した鳥は、この世界での神聖な象徴だったに違いない。これ以上、目立つ行為はないだろう。
「……自分がどの鳥の姿をしてここを訪れたのはわからない」
これは事実だった。はるか上空からの視認で同調する素体を選んだからだ。
「だが、鳥の姿できた」
「……それは認める」
「貴方はこの地を救うために降り立ったのではないのか?今、またこうして姿を現している。私もその瞬間を目撃した。妹の予言通りに、この聖堂内にまばゆい光とともに――」
「――待ってくれ!」
カイルは青年の言葉を遮った。片手で顔を覆う。状況を整理しなければならない。
「話が半分も理解できないんだっ!逆にいくつか確認させてくれ。……ここは地上?」
何を当たり前のことをという表情を青年は浮かべたが、理解を示したのは少女だった。
「そうです。エトゥールの地です」
「……予言ってなに?」
「今夜この場所に救い手がくると」
「……誰が言ったの?」
「『精霊』がお告げになりました」
だからその『精霊』って何⁈ カイルは心の中で絶叫した。
「……君達が僕を『ここに』よんだの?」
目の前の兄妹は顔を見合わせた。
「我々にそんな能力はない」
話がここで噛み合わない。
だが、その力はどこかにあるのだ。衛星軌道上の狙った個体を強制瞬間移動するほどの力が。
その得体のしれない力にカイルはぞっとした。
彼の脳裏に「惑星探査終了」の垂幕がよぎった。