(65)閑話:賢者の知恵①
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【ネタ解説】
(33)変革⑧で語られる「イーレ様の、ためになる助言」とは。かかあ天下拡大の危機?
「知恵をお貸しくださいと言われてもねぇ」
子供姿の賢者は、息をついた。正面に座るファーレンシア・エル・エトゥールは、部下であるカイル・リードの婚約者で将来の伴侶だ。カイルが彼女にベタ惚れで、とても大事にしていることをイーレは、よくわかっている。
弟子のサイラスも養い子に対して異常に過保護だが、カイルも過保護という点ではいい勝負だ。どちらも宝物を必死に守ろうとしている子供みたいなところがある。
「ないこともないけど――それって、カイルの希望に反することでしょう?カイルって、穏やかそうに見えて、怒ると怖いのよ」
「わかっております。カイル様は怒らせると兄並みに怖いと思います」
「ファーレンシア様、カストの民に直接、かかわりたいというのは、危険なことですよ?相手は対立していた民族で、危害を加えられる可能性があります。貴女に何かあれば、大災厄の前に世界が危機に瀕します。カイルはファーレンシア様のために世界を救おうとしているのですから」
イーレは直接的に事実を指摘したが、エトゥールの姫の反応はイーレの想像とは乖離していた。
ファーレンシアは、ぽっと頬を赤く染めた。
「…………ファーレンシア様、なぜ照れます?」
「す、すみません。不謹慎ですが、カイル様が私のために世界を救おうとしているという件に、ぐっときました」
「………………」
予想外の明後日の方向の素直な反応にイーレは頭を抱えた。一国の姫とはいえ高飛車ではなく、しかも曲者な兄であるエトゥール王とは性格的に似ていない、なんて素直ないい子だろう。
年若いのに、様々な困難と重圧に対処する立場にいるのは、同情に値するし援助したくなる。
シルビアもそこらへんに絆されているのだろう、とイーレは察し、同時に納得した。年齢上、遥かにババアである自分も、かなり心動かされる。なんというか頑張っている幼い孫の世話を焼きたくなるような心情だ。
エトゥールやアドリー、世界を救おうと奔走するカイルのため、できることをしたいというファーレンシア・エル・エトゥールの望みは尊い。
イーレはそばに控える侍女のマリカと暗殺術に長けている専属護衛のアッシュを見た。
「もしかして、カイルは最近不在?」
「よくわかりますね。カストの将軍と行動を共にしています」
アッシュがそっけなく答えた。
「アドリーの様子は?」
「領主の仇敵のカストへの手助けに、アドリーの住人はピリピリしております」
「カストの避難民は?」
「ガルース将軍に従っているとはいえ、こちらも見えない不満をためているようです」
専属護衛の報告にイーレは納得した。当然の結果であろう。カイルは見落としていることが多すぎる。あとで言い聞かせる必要があった。
「わからないでもないわ。エトゥールとの和議の前後の西の民がそんな感じだったから。ファーレンシア様、この状態でそれでもカストの民に手を貸したいと?」
「はい。今、微妙なバランスを維持しているのは明らかで、何かのきっかけでこの状態がくずれかけません」
ファーレンシアは賢者に訴えた。
「まさに今、危機に瀕しております。カストの民を世話する人間が圧倒的に足りないのです。シルビア様の負荷を減らすにも、私が動きたいのです。私が動けば、ある程度は人員を動かせます。姫である私だけを働かせるなんて不名誉なことを関係者はしませんわね?」
「ファーレンシア様、カイルのためにそこまでするのですか?」
「したいと思います」
「甘やかしすぎですよ」
「そうでしょうか?」
「重要なことをお話ししましょう」
イーレは姿勢を正して、ファーレンシアを見つめた。ファーレンシアも、気を引き締めて賢者の助言を待った。
「夫を甘やかしてはいけません」
「はい?」
「甘やかすと、彼等はつけあがります。厳しくしつける必要があります」
「……あの?」
マリカはポケットから携帯用の紙を取り出し、部屋に備え付けのペンを手にした。東国出身の専属護衛は、妹姫の侍女の奇行に眉を顰めた。
「何をしている?」
「イーレ様のお言葉の記録を」
「なぜ?」
「夫婦関係に悩みを持つ侍女達の救済の聖典として、最近絶大な人気をほこっています」
「――」
確かにイーレが時々語る内容は、男の立場として、確かにアッシュにも耳が痛い内容が含まれていた。マリカは時折り頷きながら、メモを取る。
「最近、侍女を妻に持つ専属護衛から相談を受けるんだが」
「どんな内容で?」
「『妻が強くなった』と」
マリカは満足そうに頷いて、ニコリと微笑んだ。
「ですから、救済の聖典と申しております」
アッシュは、主人の未来のために、賢者と姫の会話を妨害すべきか、しばし悩んだ。
続きます




