(59)閑話:手紙①
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
しばらく、恒例の閑話です。
【ネタ解説】
ガルース将軍の副官であるディヴィが、意外に不器用すぎて、妻マリエンの背嚢が飛んだ背景など。
お前、手紙で離縁を通達したんかい、背嚢レベルですんだことを感謝しやがれ、的な話(参照754話)
「嘘つき……」
マリエンが夫からの手紙に呟いた。
ひどい内容だ。
ガルース将軍と共にエトゥールに特使として赴くこと、敵国であることと諸事情により、生還は難しいこと、都の住居を引き払い田舎に戻ること、離縁をするので再婚をするようにと、淡々と事務的にかかれている。
最後の手紙だったら、愛しているとか一言ぐらいあっても、いいではないかと思う。命令書の代筆と何か勘違いしていないだろうか?
昔、最前線に向かう時のディヴィの手紙の方が、まだ情熱的だった。その手紙は未だにマリエンの宝物だ。
マリエンもある程度は事情を察している。
将軍がエトゥールの手にかかり、命を落とすぐらいなら、東国に亡命を薦める意図が見える。亡命兵士の残された家族が見せしめに処刑されるのは、カストでの日常茶飯事だ。
離縁することが、ディヴィの家族愛なのだろう。
わかっている。
わかっているが――。
「腹が立つものは、腹が立つのよっ!!!」
「お母さんってば、また手紙を見てるの?」
発狂したように怒り叫ぶマリエンに、部屋に入ってきたダナティエが呆れたように評する。
「ダナティエ……」
「お父さんも不器用よねぇ。愛しているの一言を加筆すれば、よかったのに」
もうすぐ15歳で成人する予定の娘に図星をさされて、マリエンは食卓に腕枕状態で突っ伏した。そのまま、愚痴を呟く。
「どうして、あんな人と結婚しちゃったのかしら……」
母の暴言を娘は手をひらひらと振って、聞き流す。
「お母さん、夫婦喧嘩の度に、それ言ってる」
「言いたくもなるわよっ!!あんたは、絶対に兵士と結婚しちゃダメよ!!」
「その発言、娘の婚活機会を半分つぶしているって、気づいている?」
「兵士と結婚すれば待ってる未来は寡婦か、再婚よ?」
「そういうお母さんは、再婚する気なんてこれっぽっちもないくせに」
「………………」
ダナティエは持ってきた大袋を、その真横にドカっと置いた。
中身を次々と取り出す。
「この林檎はお婆ちゃんからね、野菜は伯父さん、卵は隣のおばさんから、あ、肉は店のおじさんから」
離縁状に意気消沈して無気力なマリエンに代わり、ダナティエは故郷の村に着いてから、積極的に動いている。たくましい、とさえ言えた。
今も戦利品のように、差し入れの品々をマリエンの目の前に積み上げていく。
「あんたは、元気ね……」
「だって、村の方が楽しいもの。お父さん、村では有名人なのね。面白い話をいっぱい聞いちゃった」
「昔は悪ガキでヤンチャだったからでしょ」
悪戯をして、村長に怒られていた悪ガキ集団の筆頭だったのだ。故郷にはディヴィもマリエンも娘に隠したい黒歴史は山ほどある。あとで、従姉妹達に口止めをしよう、とマリエンは密かに思った。
「違うわよ。英雄だからだって」
「英雄?」
「平民でガルース将軍の副官まで登りつめたんだもの。村を代表する出世頭だって」
「……」
そんな風に言われているとは、意外なことだった。
「お母さん、知ってた?お父さんね、褒賞としてね、将軍に村の援助を願い出たんですって」
「え?」
「備蓄としての小麦と種籾――だから、この村は、大凶作でも耐えられているって」
「……そんな話、知らないわ」
「兵職を引退したら妻子を連れて、故郷の村で静かに暮らしたいって、将軍に言ったらしいよ。で、せっせと村に貢献していたらしいの」
「…………」
「村長に援助の条件を出していたらしくてね?自分が戦死した時は、妻と娘の面倒をみること、だってさ。だからしつこく故郷の村に帰れって言ってたんだね。お父さんの口癖だったもの。お父さんが戻らなかったときは、お母さんを連れて故郷に行けって」
「……そんなこと言ってたの?」
「うん」
ダナティエは少し泣き笑いの表情を浮かべた。
「お父さん、不器用だね……。でも、あたし、お父さん大好き」
「ダナティエ……」
「大丈夫、お父さんなら大丈夫」
「でも野蛮なエトゥールに行ったのよ?」
「お父さんなら、将軍と一緒にエトゥール王を倒してきそう。それでまた英雄になるの」
「……」
「お父さん、将軍に対する処遇に怒り狂っていたじゃない。最近、酒量も増えていたし」
「……そうね」
マリエンもその点は気づいていた。
続きます




