(52)変革㉗
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イーレは肩をすくめて見せた。それから、よい具合に焼けたウールヴェの串焼きをクトリに差し出す。竹串を受け取り、クトリは一口味見をした。
「美味いっ!」
「でしょ?これのために滞在する価値は確実にあるわよ。その串焼き、香辛料をちょっと工夫してみたの。保存食にも向いているわ」
イーレは笑った。彼女のウールヴェ肉好きは相変わらずだった。
「なんか、変な気分です。僕が、西の地でイーレと一緒に肉の串焼きを食べているなんて」
「私もクトリが西の地に滞在するなんて、予想もしなかったわ」
「……イーレは本当に帰らないんですか?」
「帰らないわ」
「この後、地上は危険ですよ?」
「そうね」
「僕にはそういうところが理解できません」
「そうかもね」
イーレは同意した。
「私は原体が大嫌いだけど、この地を救おうとして、奔走したことは、尊敬しているのよ。だから、その部分だけ汲み取ってあげようかと思ってね」
「……そういうものですか?」
「私が行動することで、助かる命が一つ増える――行動のきっかけなんてそんなものよ。問題は後悔のない選択ができるか、じゃないかしら?」
「名言だな」
ナーヤが茶を飲みながら、褒めた。
「なぜ占者のような職がもてはやされると思う?皆、人生の選択の岐路に悩むからだ。自分で迷わぬ選択ができるなら、誰も占者など頼らない。だが、難しいことではない。お前だって過去にやっているだろう?」
「僕が?」
言われたクトリは、きょとんとした。
「天上の賢者に頼まれて、地上に降りただろう。お前が恐怖にかられたり、無関心で降りない選択をしていれば、地上は違う運命を辿っていた」
「そんなことは――」
「ある。だからお前には自信をもって、己を誇れと言っている。お前は間違いなく賢者だ」
「……お婆様、照れます」
「おおいに照れろ」
クトリは顔を赤くし、照れた。誰かに認めてもらえるのは、不思議と心が満たされることだった。イーレの視線に気づいたクトリは慌てて言い訳めいた言葉を告げた。
「研究都市で論文が褒められるより、嬉しくなるってどういうことでしょうね?」
「嬉しいの?」
「……まあ……それなりに……」
「貴方もやっぱり相当の研究馬鹿よね。仕事の成果より、個人の資質が褒められた方が嬉しいのは当然のことじゃない?」
「だいたい研究都市は、個人を褒めるなんて機会はありますか?」
「そういえば、そうね」
「お前さん達の世界は、人間の縁が希薄だなぁ」
二人の会話を聞いていたナーヤは呆れたように、感想を述べた。
「個人の自由を尊重する風潮だからかしらね?」
「いくら不老長寿でも味気無さすぎる。生きていて何が楽しいやら……」
「……楽しい……」
「それなりに生活は平和で安全で物質は満たされているけど、精神的充足はやや単調だったかもしれないわ」
「まあ、確かに単調でしたね。毎日、毎日、研究に明け暮れていましたから」
クトリはウールヴェの串焼きを堪能しながら、同意した。
「今はどうじゃ?」
「日々、何かが起こり落ち着きません」
「新しい発見があるじゃろう」
「発見だらけですよ。この間も何の前兆もなく嵐が起こるし……もう少し大規模な観測機械があれば、と思いますよ」
「あるとどうなるの?」
イーレが首をかしげた。
「そりゃあ、惑星全体を観測することができて――」
クトリは口を閉ざした。
「クトリ?」
「……イーレ、カイルを呼び出すことはできますか?」
「カイルを?」
「あ、いや、たいしたことではないですし……僕の気のせいかもしれないし……」
「お前のウールヴェを呼び出せばいい」
ナーヤが事もなげに言った。
「僕の?」
「まあ、呼んでみろ」
クトリはカイルのように自由自在にウールヴェを操ることができなかったので、ナーヤの助言に困惑した。
「だいたい僕のウールヴェじゃなくて、サイラスのものです」
「お前さんは、人のウールヴェを嵐の中に突っ込ませたのかね?」
「なぜ、そのことを?!」
「ウールヴェ界では、お嬢についで、容赦ない使役主になっておる」
「なんで私よ?!」
今度はイーレが抗議した。




