(15)晩餐会⑧
三曲目の長い前奏が始まった。
何事か話し合っていたセオディア・メレ・エトゥールとシルビアも踊るために、中央にでてきた。
「カイル殿、後日、話し合いたい」
すれ違い様にぼそりと言われたメレ・エトゥールの低い声にカイルは肝を冷やした。同調能力で模倣したとしても、どうやら本家本元の威圧には及ばないようだ。
「……ばれてる」
「……ですね」
二人は顔を見合わせてから笑った。
カイルはファーレンシアの手をとり、左手を彼女の腰にまわした。三曲目の主旋律は竪琴だった。カイル達は踊り出した。
「そういえば、ファーレンシアは竪琴が得意なんだって?」
「え?」
「以前、メレ・エトゥールが言っていた」
「……得意というか、人並み程度ですよ」
「聞いてみたい。今度、弾いてくれないかな?」
「……」
「ファーレンシア?」
ファーレンシアは耳まで赤かった。
「わかりました。今度、弾きますわ」
ファーレンシアは承諾した。
「ただし、他の女性にはそんなそんなことをおっしゃらないでくださいね?」
「他の女性?」
「……絶対絶対絶対約束ですよ?」
「わ、わかった」
何か鬼気迫るものがある。何か、やらかしたらしい。
「そういえば、約束で思い出しました」
ファーレンシアが話題をかえた。
「うん?」
「すてーしょんの絵について、まだ教えてもらっていません」
「――!」
カイルは不意打ちにステップを間違えそうになった。
「どんな絵なのですか?」
「……踊りを間違えそうになるから、その話題はあとで」
「間違えてもいいですよ?」
「ファーレンシア」
「知りたいです」
「あとで」
ファーレンシアは不満そうに頬をぷくりとふくらませる。大人びた初社交の衣装と、その子供っぽい表情のギャップにカイルは笑った。
「なんですか?」
「なんでもない」
それは楽しいひとときだった。たとえステーションに帰還しても、このことは忘れないだろう、とカイルは思った。
あっという間に時間が過ぎ去り、曲が余韻を残して終わりをむかえる。
「カイル様、今日はありがとうございました」
幸せそうな笑みとともにファーレンシアが正規の礼をする。カイルも微笑して一礼して答える。会場に初社交のファーレンシアを祝福する拍手がおき、二人は観衆に向かい、一礼をした。
カイルはセオディア・メレ・エトゥールとシルビアが待つ場所にファーレンシアをエスコートした。保護者に引き渡せば、カイルの役目は終わりだ。
「カイル殿、ご苦労」
「メレ・エトゥール。後日、この離宮の出入りの許可が欲しい」
「かまわないが、理由は?」
カイルは天井画を指で示した。
「この絵を模写したいんだ。他にもいろいろと初代エトゥール王にまつわるものがあれば、絵に写したい」
「山ほどあるが、全部か?」
「できれば――」
ふと、あたりを見回したカイルは凍りついた。
あれだけ華やかだった舞踏会場が色あせたモノクロの世界になっている。無論、錯覚であった。
これはどういう感覚だ?
「カイル様?」
ファーレンシアが怪訝そうにカイルを見つめる。
ファーレンシアでさえ、この違和感に気づいていない。
――僕は何を見ているんだ
カイルは完全に遮蔽を解いて、自分の感覚の元凶を探った。モノクロの世界をゆっくりと慎重に探知していく。
不意に背筋がぞくりとした。
どこか西の民と初めて出会った地下牢に似ている。あの時は、ハーレイから猛獣のような凄まじい殺気を受けた。
今度のは違った。
明確な殺意というより、悪意の集中であった。赤黒い薄汚れた想念が存在していた。




