(15)治療⑩
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
ブックマーク、評価ありがとうございました!
その形態の変化の理由は、カイルには心当たりがありすぎた。
ファーレンシアとの婚約の儀での夜の逢瀬が、ファーレンシアのウールヴェの姿を劇的に変化させた。
つまりはそういうことなのだ。
シルビアは少し頬を染め、カイルの視線を露骨に避けていた。
カイルは言葉が見つからず、口をパクパクとさせた。
ミナリオがカイルに近づき、そっと囁いた。
「カイル様、このような場合、エトゥール流の礼儀として、見て見ぬふりをする、ということをします。カイル様の時も、そのようにしておりました。追求するのは、野暮というものです」
今度はカイルの方が頬を染めた。
『本当に腹芸ができないヤツだな』
『そこで、突っ込みをいれないで!!』
カイルの動揺にカストの人々は気づかなかった。死んだウールヴェと瓜二つの小柄なウールヴェを見守っている。
「なるほど、貴女のウールヴェは、メレ・エトゥールのものと酷似しているのだな」
「……はい」
シルビアのウールヴェは、すぐに彼女の背後に隠れてしまい、使節団に近寄ろうともしなかった。
「すみません。まだ、仲間の死に動揺しているので……」
「いや、無理を言ってすまなかった」
ガルースは、カイルのウールヴェを顧みた。
「こちらのウールヴェは人見知りしないのだな?」
「……おやつをくれる人なら誰にでもなつきます」
――そんなことないよ
ウールヴェはガルースをじっと見つめた。ガルースはその瞳が主人と同じ金色であることに気づいた。
「こちらの言葉もよく理解している」
――よくできる代表
「――ユーモアのセンスもあるようだ」
「自惚れて、手がつけられなくなるので、それぐらいにしておいてください」
カイルが将軍の誉め殺しに、やんわり釘をさした。
――ひどいよ かいる
「事実だろう」
賢者とウールヴェのやりとりに、ガルースは笑った。
「貴重な体験をさせてもらった。感謝する」
ガルースは二人に対して礼を述べた。
「我が国の教団の教えが偏向していることは、よく理解できた」
「将軍!」
ガルースの教団批判に慌てたのは部下達だった。異教徒として処断されるレベルだった。
「滅多な発言をしないでくださいっ!異端審問の対象になりますっ!」
「私は異端として処分されてもいいような気分がしている」
「将軍!やめてくださいっ、」
「処分されては困ります。ガルース将軍閣下には、導いてもらわないと」
「導く?」
ガルースは賢者の言葉を聞き咎めた。
「何をだ?」
「貴方がエトゥールに逃したカストの民をです」
カイルは静かに答えた。
はっ、とガルースは思い出した。
国境付近には、多数のカストの民が避難しているのだ。
それを口実にカスト王はエトゥールへの進軍を開始するであろう。
「大丈夫です」
ガルースの心を読んだように、賢者は片手をあげて、ガルースの憂いを取り除こうとした。
「カストの民はすでに国境付近にはいません。安心してください。移動しました」
「移動?何を言ってる。八千近くの民を移動するなど――」
ガルースは重要な事実を見落としていることに、ようやく気付いた。
「……今日は何日だ?」
「はい?」
「……我々はどのくらい寝ていたんだ?賢者の技術でも、一晩で目や指が治癒できると思えん。あれから何日すぎている?」
「さすがですね。目のつけどころが違います」
将軍の推論を賞賛したのはシルビアだった。
「あの謁見の日から、十日ほど過ぎています」
「「「「なんだって?!!」」」」
カストの使者達は絶句した。
ガルースは混乱した。
知らない間に時間が経過し、しかも寝て過ごしていたとは信じ難いことだった。
だが、エトゥールに属する賢者が嘘を言う理由は、思いつかなかった。
質問する事項が、山ほど生まれていた。
――大丈夫だよ 遅れは取り戻せる
ウールヴェが謎に満ちた助言をした。
「……あれから十日過ぎていると?」
「はい」
カイルは頷いた。
「……カストの民が移動したとは……?」
「貴方が危惧した通り、戦争の口実になることを回避するために、国境付近から移動してもらいました」
「……どこに?」
「西の地に」
「………………は?」
ガルースは、ますます混乱した。
「なぜ、西の地に?いや、この短期間で西の地に移動させるのは無理だろう?距離がありすぎる」
「カストの王も、西の民相手に進軍は、できないでしょう?」
カイルは、にっこりと微笑んでみせた。




