(11)治療⑥
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カイルがシルビアに呼ばれて、侍女の案内でカストの使節団が滞在に利用している新離宮に訪れた時、彼らはカストの軍服に着替え食事を終えていた。
老将軍の左目を斜めに横断していた醜い傷跡は消えていて、青い瞳が復活していることにカイルは驚いた。部下の男の欠損した指も再生されており、内臓の病変による顔色も段違いでよくなっていた。
「シルビア……やりすぎじゃないかな?」
「そうでしょうか?」
「彼らが故郷に帰ったら、関係者に説明で苦労すると思うよ?」
カイルは、テーブルに着席したままの使節団の一行に、エトゥール式の礼をした。
「で、僕に話とは?」
「彼らの話を一緒に聞いてください。彼等全員が、あの子と夢の中で話をしたと言っています」
「あの子って……死んだメレ・エトゥールのウールヴェ?」
「はい、その場所が貴方の言っていた例の草原に似ています」
「――」
カイルは天井を見上げて、吐息をついた。
それから、空いているシルビアの隣の座席に腰をおろして、客人達を見つめた。
「お話を伺いましょうか?」
カストの将軍一行が経験した不可思議な夢の話を、カイルは質問をはさむことなく静かにきいた。
話を終えても賢者の青年が黙ったままなので、正気を疑われている可能性をガルースは思いあたった。それともエトゥールで日常茶飯事のできごとであるのだろうか?
青年はどこか遠くを見つめているようだった。
「……メレ・アイフェス?」
「ああ、失礼」
「この件について、どう思われるか?」
「ガルース将軍、いくつか確認したいと思います。最初に、私どもがエトゥール人ではなく異国の人間だと理解していただいていますか?」
「そういう噂は耳にした。それが真実か知りませんが、治癒師はエトゥール人ではない、と会話の中で言ってましたな」
カイルはちらりとシルビアを見た。
「そうです。私達はエトゥール人ではなく、異国の出身であり、この大陸の文化事情に疎い旨をご理解願います。会話の中で、非礼があってもご容赦を。カストという国をエトゥール人ほど、理解しておりません。――まず、はじめに私たちの故郷にも『精霊』や『ウールヴェ』は存在しません。ただ『加護』に似た能力はあります。これはエトゥールの秘密でも何でもないので、公言できます」
使節団一行は明かされた秘密に驚きを隠せなかった。
「賢者の世界にも『精霊』は、いないと?」
「ですから、私共に『精霊』や『ウールヴェ』についての説明を求められても困ります。ただ――」
「ただ――?」
「いろいろ推察はできます」
カイルは専属護衛のミナリオに大量の紙とペンを用意してもらった。
賢者がいきなり、高級紙に絵を描きだしたことに皆は驚いた。
ガルースは困惑して、シルビアの方を見た。
「彼は画家か?」
「画家ではありませんが、絵を描くことがとても上手です」
「この腕前なら肖像画家になれるのでは?」
「彼の絵には実は深刻な欠点があるのです」
「欠点?」
「女性の皺の数や、男性の髪の毛の数を正確にしか描けないのです」
ぐふっ、と使節団一同が変な音で喉をならし、いっせいに顔を下に向けた。治癒師が冗談を言ったのか、その無表情ぶりから判断がつきかねていた。外交上、笑いを我慢することを彼等は選択した。
「シルビア、僕の権威を地に堕とさないで」
「これはエトゥールの秘密にかかわることですか?」
「違うけど……」
「では問題ありませんね」
賢者達の会話に、ガルースは咳払いをした。彼は、明らかに笑いの発作を分散させようとしていた。
しばらくして、絵が完成したとき、使者達は全員驚きの声をあげた。賢者の描いた風景画は、夢で見たものと完全に一致していた。
「や、やっぱり、お前たちが幻術で怪しい夢を見せたんじゃないか?!」
ディヴィが疑いの声をあげた。
「全員に?」
「そうだっ!」
「死んだウールヴェと会話をさせて、どんな効果が?」
「そ、それは、我々を恐怖に陥れようと――」
「恐怖に陥りましたか?」
「――」
カストの副官である男は黙り込んだ。




