(6)治療①
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ガルースは夢を見た。
明晰夢で、冷静に夢を見ていることを自覚した。地平線まで穏やかな草原が広がる長閑な光景を見ていた。
夢だと思ったのは、明るいのに太陽がどこにもないことと、自分は使者として現在エトゥールにいる記憶があったからだった。
「綺麗な夢っすね」
声がして、振り向くとディヴィをはじめとする部下達が立っていた。皆、ガルースがエトゥールに旅立つため、同行を申し出た面々だった。
夢の中で「夢」と部下に指摘される。それはなかなか面白かった。
「どうして夢だと思う?」
「だって、隻眼のガルース将軍に両目がありますもん」
指摘に驚いたガルースは、ようやく気付いた。慌てて片目ずつの視野を確認する。確かに左目の視界が確保されていた。
「驚いたな。なるほど……これはいい夢だ」
「でしょ?」
ディヴィは笑いながら、左手をひらひら振って見せた。ディヴィの欠損した左手の小指と薬指が元に戻っていた。
「……お前の指が生えている……」
「だから夢だと言ってるじゃないっすか。身体も軽いし、こいつはいいや。別に酒も飲みたくならないし――」
「思い出した。お前は言いつけを破り、飲酒したな」
「夢の中まで、説教は勘弁ですぜ?!」
ディヴィは慌てたように、言った。
「説教ではない、私はお前の身体を心配しておる。私に残された家族と言えるべき存在は部下だけだ」
「……爺の殺し文句かよ……」
ディヴィは不満そうな顔をした。
「じゃあ、この際、言わせてもらえますがねっ!いつまであの愚王に仕えているつもりですが!あの馬鹿は先王ではない。十分義理は果たしたでしょう?!あんたの今までの功績を無視して、あげくの果てに異国で死んでこいっ、ときた。俺達は、あの謁見の場で死んでいても不思議じゃなかった!そこまで、あの馬鹿に忠義を果たす意味がわかんねぇよ!」
夢とはいえ、これはディヴィの本音だろう。激高ぶりがリアルだった。
「そうだな。忠義は十分果たしたと思う」
「民は飢えているのに、あの馬鹿はそれを無視して贅沢三昧だ」
「ディヴィ、それぐらいでやめておけ」
「夢の中ぐらい、言論の自由があってもいいでしょうがっ!」
不貞腐れたようにディヴィは、草原に寝ころんだ。現実世界では上官を前にして許されない規律違反だった。
「……俺はね、いや、俺達は、ガルース将軍、あんたに死んでもらいたくないんだ」
「――」
「頑固だし、鬼教官だし、禁酒を強制するし、愛想もない厳しい糞爺だし――」
「………………おい」
「でも、最高の上官で、俺達は他の誰にも仕える気はない。だから俺達はこの悪魔の国まで同行してきたんですよ。もう東国に亡命してくれてもいいじゃないっすか」
「だがお前達には家族がいる」
「俺達は全員、離縁してきました。今頃、家族は田舎に帰っているはずです」
ガルースは愕然とした。夢とはいえ衝撃的だった。だが、ディヴィ達ならやりかねない。夢から覚めたら、確認してみる必要がある。
「これは夢だよな?」
「夢だから、俺は思いっきり不敬で斬首になる文句を言ってますがね?」
「いつものことじゃないか」
ディヴィは寝ころんだままだった。ほかの面々も草原に腰を下ろし始め、二人の会話を見守っている。
「だいたい――あっ!!」
ディヴィは跳ね起きた。
彼の異変に全員が緊張した。
「どうした?」
「あ、あれ――」
蒼白になって、ディヴィは草原の彼方を指さす。
光がきらきらと輝く中、一頭の獣が広い草原を横切って疾走していた。なぜだがわからないが、その姿は喜びに満ち溢れているように感じた。
不幸に惨殺されたエトゥールの特使である白豹に似ていた。いや、あの白豹に違いない。
――ありがとう 還ることができた
そんな言葉が脳裏に響いた。
帰る?還る?まさかこちらに礼を言ってるのではあるまいな?
ガルースは困惑した。




