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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第20章 大災厄(2)
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(3)葬送③

お待たせしました。本日分の更新になります。

お楽しみください。

「その通りですな」


 カストの使者である老将軍は、自国の王の蛮行(ばんこう)の予測をあっさりと認めた。


「むしろ最初の特使で殺害に走らなかったことに、わたしめは驚いたものです」

「信書の内容が荒唐無稽(こうとうむけい)だったから、気がそがれただけだろう」


 その読みは正しい。

 星が降るなど、誰が信じるだろうか。当初、ガルースも大笑いをした愚臣(ぐしん)の一人だった。

 だが、隣国(エトゥール)の王の忠告通り三つの街が謎の壊滅したあと、ガルースは笑うことをやめた。

 王があの時、読まずに破り捨てた信書の(くず)を侍女を通じて回収したのは、副官のディヴィだった。復元した信書には都からの方角と距離と悲劇の時間が記されていた。

 ガルースは4つめの不幸な街の存在を知ったのだ。


「で、将軍に聞きたい。救ったはずの民をエトゥール側に越境(えっきょう)させた意図は?」

「精霊がまことに慈悲深いのなら、エトゥールに流れ込んだ異国の民をどう扱うか興味があったからです」

「嘘をつくな」


 詩句のような口上に対して、セオディアは、断じた。


「カスト王の虐殺(ぎゃくさつ)から逃したな?」

「――」


 部下の手前、ガルースは黙るしかなかった。


「しかも、カスト王はそれすらも利用する。エトゥールに逃れたカストの民の庇護(ひご)を口実に、この国を侵略してくるだろう」


 メレ・エトゥールは大将軍である男に冷ややかな視線をむけた。


「まあいい、そのことについては後だ。カストの民は、こちらの好きにさせてもらう」


 ガルースは内心、やや慌てた。「好きにさせてもらう」の意味がわからなかったからだ。

 エトゥール王は、玉座(ぎょくざ)からゆっくり降りてきて、ガルースに近づいた。

 専属護衛もカストの使者達の襲撃(しゅうげき)を恐れて、守る位置に立つ。

 

 切りつけられるのか?


 カストの使者団に緊張が走る。

 丸腰とはいえ、足掻(あが)くつもりでディヴィがわずかに腰を落とし、構えたので、ガルースが止めた。


「やめろ」

「し、しかし」

「メレ・エトゥールに殺意はない。敵意はあってもな」


 セオディア・メレ・エトゥールは、威圧を強めた。


「さあ、返してもらおうか。エトゥールの特使を」


 ガルースは視線で、ディヴィ達に合図を送った。

 獣の死体が入った大きめの文様の木箱を四人がかりで差し出した。専属護衛がすぐにナイフを取り出し、釘付けをされている(ふた)を開けた。

 腐敗臭(ふはいしゅう)がすごいことになるだろう。

 ガルースはそう思ったが、周囲に何も変化はなかった。


「?」


 ガルースは自らが詰めた獣の死体が入った木箱を覗きこんだ。そこには血まみれで、(うじ)の沸いた獣の死体があるはずだった。

 だが、そこにあったのは、眠るように横たわる美しい白豹の身体があっただけだった。





「そんな、馬鹿なっ!!」


 ガルースは思わず口走り、身を乗り出して、白豹の死体を凝視(ぎょうし)した。さすがに動揺を隠せなかった。

 最後に箱に詰めたときは、白い毛は血に染まっていた。その証拠に包んでいた布には血痕が残っていた。

 だが、王に切り刻まれた傷は消えていた。血のりも消えていた。腐敗も一切なかった。

 美しい純白の獣がそこに横たわる。

 

 そう、美しいと、ガルースは思った。

 邪教の使徒であり、闇の生物なのになぜこんなにも美しいのか?

 

 今までの教義が全て否定されてしまう恐怖が、ガルースに、じわじわと押し寄せた。まるで今まで強固に積み上げてきた足元が大きく崩れてしまったようだった。


 エトゥールの王は、獣の死体に手をのばし、特使の証であるエトゥールの紋が入った首飾りを静かにはずした。

 その首飾りを彼は銀髪の女性に渡した。落ち着いているエトゥール王とは対照的に、女性は動揺して、目を(うるま)ませていた。


 メレ・エトゥールは次に羽織っていた外套(マント)をはずし、死んだ精霊獣の上にかけ、その死体を丁寧に抱き上げた。

 これにもガルースは驚いた。獣の体重は重すぎて、箱に詰めるにも三人以上が必要だった。それが今、メレ・エトゥールは軽々と移動させていた。

 メレ・エトゥールは獣を死体を抱いたまま、ガルースに向き直った。 


「我が国の精霊の使いを邪教だ、魔獣だとか言われているようだが、ぜひその目で判断するがよい」


 メレ・エトゥールは死んだウールヴェを、謁見の間の床に静かに横たえた。その前に片膝をつき、物言わぬ頭をなでて、話かけた。


「…………務めは果たされた。ご苦労だった……」

 

 その言葉が合図だったように、王の手の下で白豹が金色に輝き、細かい砂が崩れるように、純白の豹が形を失っていった。


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