(1)葬送①
えっとすみません(土下座)
閑話予定の話がボリュームがデカくなってしまったので、構成をかえ、本編に組みこみました。
そんなわけで、新章開始です。
お楽しみください。
カストの偉大なる大将軍、隻眼のガルースは、王が殺したエトゥールの特使である獣をエトゥールまで届ける任を拝命した。国の名代でもある特使は、一見名誉であるように見えるが、実際は真逆であった。
王は最近、エトゥールが聖なる使いとしている獣を殺した。その死体を贈答品のように送り返す。それは実質、宣戦布告だった。
王は激怒したエトゥール王が、ガルースを切り殺すことを期待していた。
それを戦争の口実として、エトゥールの侵略を試みる算段だ。
そろそろ年貢の納め時かもしれない。
ガルースはそう思った。他国の王に、目障りな老軍人の粛清をやらせようとしている。
まあ、確かに最近、やりすぎたことはガルース自身、自覚をしていた。
密やかに生き証人を逃し、街を救うために小細工を弄しすぎたかもしれない。王はそれに激怒したのだ。
王の露骨な陰謀の意図は、ガルースに追従する部下達も察していた。
「だから、俺はさっさと東国にでも亡命しろと言ったんですけどねぇ」
口の悪いディヴィが道中ずっと文句を言っている。
副官として長年付き合いのある彼は、理不尽な扱いにずっと憤っていた一人で、早くから密かにガルースに亡命を進言していた。
ガルースが王に密告すれば、ディヴィの首は即座に飛んでいる内容だった。間違いなく極刑の反逆であった。
「ディヴィ、口を慎め」
「やなこった。俺が黙ったら、誰が貴方に進言するんです」
「では、野営時に罰として腕立て200だ」
「げっ」
新兵に課せられるノルマを告げられた熟練の副官は、顔をゆがめた。
「……糞爺……人の気も知らないで……」
「腹筋200追加だ」
副官はさらに直属の上司を罵るという不敬を行った。
ガルースが亡命を選ばず、カストにとどまった理由は王への忠義ではなく、部下の安全のためだった。
ガルースが出奔すれば、王は腹いせに一族及ぶ部下までを大粛清するだろう。
妻が死に、息子が戦死したあとにガルースには、生死をともにした部下だけが残った。その部下達も3回の災厄を王が無視したことで、駐屯していた軍団も巻き込まれて、無駄死にした。
そこで四つ目の災厄時に、ガルースは奇策に転じた。前日に街を焼いたのだ。部下達に放火させ、消火を禁じた。
大将軍の突然の乱心に、街から避難し、自然鎮火を期待した人民と兵達は、翌日、赤い火の玉が上空に降るのを見た。皮肉なことに予言通り星は降り、その衝撃と爆風で燃える街の火を消した。
生き残った人民達は目撃した光景を口外させぬように口封じで殺害される可能性がある。ガルースは彼らにエトゥールの国境を超えることを指示した。それが老将軍にできる最後のささやかな反逆だった。
王は怒り狂ったが、さすがに大将軍を直接的に粛清することの弊害があることの分別は働いた。
ガルースは兵達に人気があった。
恨みに思った兵士達が一斉に蜂起することを恐れ、その状況をエトゥールに対する武器とすることにしたのだ。
エトゥールの王都への旅は、国境を越えたあとも10日を超え、獣の死体はドロドロに腐敗していることだろう。
だが、呪われた闇の生物の死体を道中確認するものは誰もいなかった。比類なき勇気を持つガルースですら、迷信を信じていた。
エトゥールについた大将軍一行は、広い部屋に案内され、武器を外すように指示された。それは当然の要求であり、ガルース達は素直に応じた。
だが想像外だったのは、部下の隠し持っていた暗器の所在を正確に指摘されたことだった。ガルース自身知らないことで、特にディヴィの所持品はひどかった。
その数に、将軍は呆れたように部下を見た。
「ディヴィ……これは、この場で処刑されても文句は言えぬぞ?」
「ちっ……バレるとは屈辱です……」
「あ、貴方、靴にも針を仕込んでいますね、それも出してください」
金属の板を持った少年は、どういうわけか鋭すぎて、誤魔化しがきかなかった。ディヴィは絶望のあまり空を仰ぎ見た。
謁見の間に入ったガルースは驚いた。
厳重な武器検閲のせいか、予想していた近衛兵の集団はいなかった。だが扉の両脇には、西の民の背の高い男と、東国出身らしき黒髪の専属護衛が立っているのはさすがに驚いた。
しかも西の民の男は、ガルースも知っている若長ハーレイだった。
「……若長、なぜ、ここに?」
「謁見の立ち会いを頼まれた。偉大な大将軍よ」
簡潔な答えが戻ってきた。
獣の死体を贈答する場に、大陸でもっとも精霊信仰の厚い氏族の立ち会いは計算外もいいところだった。
その意味を悟って、ガルースの部下達は一斉に青ざめた。




