(12)晩餐会⑤
シルビアは踊りながらカイルに言った。
「だいたい貴方に三曲目の伝統を教えたら、余計なことを考えるから言わなかっただけです」
「余計なこと?」
「僕が彼女と踊ってもいいのだろうか、とか、彼女の出会いを奪わないようにしよう、とか」
「……それ、当たり前に考えるでしょ」
はあ、とシルビアは二度目のため息をついた。彼女の顔から笑顔が消えた。
「ヘタレ」
「な――っ!!」
普段のシルビアから想像できない暴言に、カイルは立ち止まりそうになったが、シルビアが強引にリードして事なきを得た。
「ヘタレって、なんだよ」
カイルはシルビアの耳元で囁いて抗議した。
「ヘタレはヘタレ。ヘタレ以外の何者でもありません。軟弱者、臆病者、へっぽこ、へなちょこ、根性なし、甲斐性無し――」
「シルビア、矛盾しているよ。影響を与える接触は禁止だ、と散々言ってたくせに……」
「この時点で貴方がそれを口にすると、殴りたくなるからやめてください」
「……イーレに影響されすぎてない?」
「感情の発露を止めない方がいい、とはイーレには教わりました。カイル、一つ確認したいことがあるんですけど?」
「何?」
「貴方、帰る気はあるんですか?」
「……」
カイルからの返答は踊りが終わるまで、ついに得られなかった。
気まずい沈黙が続いたが、踊りが終わってもカイルはシルビアのエスコートを放り出すことなく、中央からはずれ、壁際まで導いた。
給仕役の侍女のトレイからグラスを二つ取ると、一つをシルビアに差し出す。
「ありがとうございます」
「……」
カイルは軽くグラスをかたむけ、喉の渇きを癒していた。
シルビアは、いらついた。最後の質問が引き起こしたこととはいえ、エスコート中の女性との会話を放棄するとはいかがなものか。
「……よく、わからない」
「……え?」
「さっきの質問の答え、僕にもよくわからない」
カイルは空のグラスを玩び答えた。
「今は帰りたくても帰れない状態だけど、この問題が解決した時に僕はどちらを選択するのだろう」
「……カイル」
「禁固刑を受けるよりは自由がいいよね」
自嘲気味にカイルは笑う。
「迎えの手段がなかった頃に、真剣に考えたんだよね。地上でどうやって生きていくか」
「……結論は?」
「画家としての職は女性のシワまで正確に描いてしまうから無理」
「――」
不覚にもシルビアは吹き出してしまった。
「ファーレンシアもそうやって笑ってくれたよ。当時の僕には救いだった」
カイルは空のグラスを近くのテーブルに置いた。
「中央が接触を禁じたのもわかるような気がするよ。僕は精霊のように公平に接することはできない。関わる者に肩入れしてしまうだろう」
「……」
「それが禁忌というなら、僕は禁忌を侵す。彼らが滅びるような大災厄は絶対に止める」
「……カイル……」
「シルビア達を巻き込んですまないと思っている」
「カイル・メレ・アイフェス・エトゥール」
不意に呼ばれて、二人は驚いたように振り返った。
そこには正装の長衣を着た四十代くらいの男性が立っていた。カイルはその銀髪の男性に見覚えがあった。午後にメレ・エトゥールに謁見を申し込んでいた人物だ。
彼はカイルに向かって深々と一礼をした。
「アドリー辺境伯」
カイルは一礼を返した。
シルビアとの話に夢中だったとはいえ、ここまで接近に気づかなかったとは、自分にしては珍しい失態だ、とカイルは思った。




