(11)閑話:兄妹②
二曲目を踊っているファーレンシアとセオディアの会話。
セオディア・メレ・エトゥールとファーレンシア・エル・エトゥールが中央で踊り出す。2曲目は軽やかな伝統音楽だ。
「初社交、おめでとう」
「ありがとうございます」
兄の祝福を受け取り、踊りながら問題を切り出したのは、ファーレンシアからだった。
「お兄様」
「なんだろう?」
「……カイル様に三曲目の伝統を教えてないとは、どういうことですか?」
「ちゃんと、重要だとは伝えたが?」
「どう重要かを伝えるべきだと思います」
「そうかね?何か問題でも?」
「……導師と貴族の子女の婚約をお認めになられますの?」
「認めるつもりはないが、彼自身が望むのなら仕方あるまい」
「――」
「彼が寝たきりだった時に、妹から散々無視される仕打ちの腹いせとかでは、けっしてないぞ」
「……やっぱり、それですか」
「あと、寝たきりだった彼のウールヴェが、いつのまにか『鬼』とか『鬼畜』とか言う不可思議な単語を覚えていた件については、不問にしよう」
「――」
「ただ、アイリやミナリオに私への報告を禁じて、天上のメレ・アイフェスの指導の元、カイル殿を起こしに行った行為については、後日、ゆっくりと話し合いたいものだな」
「――」
「どうかしたかな?」
「……申し訳……ございません……」
「よろしい」
メレ・エトゥールはふと笑った。
「そういえば、昔はよく足を踏まれたものだが、カイル殿の足は無事か?」
ファーレンシアは真っ赤になった。
過去にダンスを覚えるために練習につきあってくれたセオディアの足を何回も踏んだのは、事実であり、あの時、兄はよく逃げ出さなかったものだと、感心すらしていた。
「踏んでませんっ!」
「そうか、それなら私も踏まれた甲斐があったというものだ」
「今なら、周囲にばれずに踏めそうです。試してよろしいですか?」
「私がここで負傷すると、シルビア嬢は2曲連続でカイル殿と踊ることになるな。まあ、それもいたしかたない」
ひそやかな脅しに、ファーレンシアは踏むことを思いとどまった。
二人は少し離れたところを踊っている。カイルがシルビアに対して微笑んでいるのを見ると、ファーレンシアは少し落ち着かなくなった。
「……お兄様」
「なんだ?」
「……私はどんどん欲深い人間になっているみたいです」
「何に対して言っているのか理解しているつもりだが、お前は欲深になっていいと思う」
「そうでしょうか?」
「今までいろいろな物を諦めてきただろう。これから先も諦めることが多いのは確かだ」
セオディアは静かに語る。
「だから、手を伸ばせば届くものは得ていい。この初社交のように、思いがけずに叶うことはある」
セオディアは、ふっと息を吐いた。
「……ただ彼の場合は、自覚がないから、お前が苦労すると思うが……それでも彼がよいのか?」
ファーレンシアは、再び真っ赤になった。エトゥールの領主のストレートな意志確認だったが、ファーレンシアに迷いはなかった。
「はい」
「ならば、よい。認めよう」
二人は踊り続けた。
「今日は楽しいか?」
「はい、とても」
「それはよかった」
やがて曲が終わり、周囲に一礼をして、二人は中央からはずれた。
「お兄様、今日はありがとうございました」
ファーレンシアは領主である兄に正規の礼をする。
すぐに自分の専属護衛の元に戻らなければいけない。三曲目の相手探しの争奪戦が始まる前に、合流しないとやっかいなことになるのだ。
「ファーレンシア」
メレ・エトゥールは妹を呼び止めた。
「すまない」
セオディア・メレ・エトゥールが何を詫びているのか、ファーレンシアにはわからなかった。




