(10)晩餐会④
動揺したが、踊りを止めるわけにはいかない。
「だから、ミナリオは断り方のバリエーションを伝授したのか! だけど、君も同じではないの?」
「多分、そうだと思います。断りきれない時は、体調を崩したふりをして、倒れることは専属護衛と打ち合わせ済みです」
初社交が倒れたふりをして終わるとはあんまりではないだろうか。
それと同時に、なぜセオディア・メレ・エトゥールが三曲目にファーレンシアを誘うように指示したのか、理解できた。とんでもない三曲目の伝統の防波堤になれ、と言ってるのだ。
カイルがファーレンシアにさらに問いかける前に曲は終わりをむかえ、カイルとファーレンシアは周囲の人々に深く一礼をした。
カイルはエスコートをしていたファーレンシアをセオディア・メレ・エトゥールに引き渡した。次に彼女が踊る相手はセオディアと決まっていたからだ。
「シルビア」
カイルはシルビアをエスコートするために手を差し出した。彼女が手を取ると、さりげなくセオディア・メレ・エトゥール達から距離を取る。小声で問いただす。
「シルビアは三曲目の舞踏の意味を知っていたの?」
「もちろんです。私の相手はメレ・エトゥールです」
「……なんで僕に教えてくれなかったの?」
「私はファーレンシア様の味方ですから」
「意味わかんない」
はあ、とシルビアが溜息をつく。
二曲目の音楽が始まったので、シルビアとともに中央に出る。ちらりとファーレンシアの方を見ると、すでにセオディアと踊り出している。
カイル達も踊りだしたが、この踊りの間にシルビアから情報を引き出さねば、とカイルは強く決意した。
「シルビア、知っていることを話して」
「どうしましょう」
「シルビア」
「カイル、笑顔を忘れていますよ?」
「表情筋の使い方を忘れてしまいそうだよ。セオディア・メレ・エトゥールは何を企んでいるの?」
「答えますから、一度微笑んでください」
恐喝に似た要求に、カイルはシルビアに微笑んでみせた。女性達の小さな歓声がわいた。
「⁉︎」
「私と貴方は、準主役なので、注目されています。そのまま、続けてください。続けている間は質問に答えます」
「メレ・エトゥールは何を企んでいるの?」
「この晩餐会で私達の保護を宣言することです」
「そんな必要は――」
「あるのです。私達が自由を奪われて、監禁されているという噂を払拭するためにも」
「ただの噂ではないの?」
「貴方も戦争や内乱の口実になりたくないでしょう?」
「そこまで深刻だったのか……」
シルビアは微笑んだ。無論、演技だ。
「貴方が眠っている間に、貴族達の処断が行われています」
「――」
「はい、微笑んで」
「難易度が高すぎる」
「楽しいことを考えれば簡単と言ってませんでしたか?」
「それを言ったのは僕じゃない。サイラスだ」
「そういえば、そうでした」
シルビアは笑った。
「ずいぶんと余裕で笑えるように、なったじゃない」
「メレ・エトゥールにコツを伝授していただきました」
「どんな」
「周辺にいるのは、森で戯れているウールヴェだそうです」
「――」
情景そのものを想像して、カイルは吹き出しそうになり、こらえた。
「……すごいコツだなあ」
カイルは笑った。傍目にはダンスを楽しんでいるように見える。
「で、話の続き」
「処断の結果、当然逆恨みをする一族も出ています。噂の出どころはそこらへんです」
シルビアは優雅に踊りつつ語った。
「私はエトゥール王族の貴色である青のドレスを纏いました。エトゥールの庇護下にある宣言です。カイルの長衣の色も同様の意味を持ちます」
「――」
「ちなみにその長衣はファーレンシア様のお手製です。彼女が丁寧に刺繍まで仕上げています」
「ファーレンシアが?」
「初社交でエスコートを引き受けたカイルのために、一生懸命縫っていました」
「……」
「初社交というものは、エトゥールの貴族女性にとって、結婚式、婚約式に次ぐ三大イベントらしいですよ」
「……」
「その大イベントで女性に倒れたふりで三曲目を諦めさせるようなエスコートをしたあかつきには――」
西の民の和議の話し合いの場より怖いシルビアがそこには居た。
「……シルビア、笑顔はどうしたの」
「そうでした」
シルビアは、にこりと表情を切り替える。シルビアの背後に侍女軍団が見えるのは気のせいだろうか。
「ちゃんと三曲目を申し込むよ。選ぶのはファーレンシアだけど」
「それはよかったです」
シルビアは満足そうに頷いた。
「ちなみに、三曲目の相手を狙う女性陣を突破するには、戦場で殿をつとめるより、勇気と機転がいるとメレ・エトゥールがおっしゃってましたよ」
「――」
本能的にサイラス・リーが逃げ出した理由が、わかったような気がした。




