(1)再会
何が起こった?
さっきまで、窓際で外を眺めていた記憶はある。
空調調節のきいてない冷えた空気と微妙な匂い。衝撃で尻餅をついた床は、石材で冷たさと硬さが伝わってくる。だがありえない。
観測ステーションの個室の床は、断熱と保温を兼ね備えた高品質な特殊クッション材だ。
あたりはやや薄暗く、視野調整が必要だった。カイルはようやく一人ではないことに気づいた。
つい今しがた、描いていた肖像画のモデルである少女が少し離れた場所に立っていた。その横に見知らぬ背の高い青年がいる。
少女と同じ青い髪の色と翠の瞳は、近い血族であることを示している。高窓から入る満月の光が二人を映し出している。
絵のように美しい――。
完成された一枚の絵だ。
場違いなのは、冷たい石床に無様に尻餅をついている自分だとカイルは思った。
「カイル様……ですよね」
少女が声をかけてくる。精神感応ではない、紛れもない肉声だ。カイルは自分の両手を見た。精神飛行中ではない証拠に肉体がこの場にあった。
「君、確かあのときに会った……」
少女は、はにかむように頷いた。
「覚えていてくださいましたか」
すみません、さっきまで勝手に肖像画を描いていました、とカイルは内心で謝った。
恐る恐るあたりを見回す。
石材と色ガラスで構成された建築物の中だった。高い天井と石柱は彫刻が彫られており美しく、いくつかの木製の長椅子が均等に配置されている。大人数が収容できそうな、かなりの広さがあった。
高窓と目に入るのは彩色が施されたステンドグラスの大きな窓だった。光源が、少女の持つ角灯と窓から差し込まれた月明りだけだと考えると、不思議と明るく感じる。ただ室温調整がなく、寒いのが難だった。
座り込んだまま、カイルは近づいてきた少女を見上げた。
「……これは夢?」
「いいえ」
あの時と同じように少女は優雅に一礼して微笑んだ。
「またお会いできて光栄です」
「ファーレンシア、客人をこちらへ」
「はい、お兄様」
少女はカイルに手をさしのべ、助け起こした。幻でない証拠に、しっかりとカイルの手は握られた。
カイルが立ち上がると青年が歩き出して、扉をあけて二人を別の部屋に誘導する。青年は少女の兄らしい。
案内された隣の部屋は、華美ではないが整っており、暖炉に火がともっている。その暖かさにほっとすると同時に、現実がじわじわと迫ってくる。
温かさを感じる感覚があるということは、間違いなく肉体を伴ってここにいる。その異常な事実を突きつけられる。
――夢ではない。どうしてこうなった?
カイルの探す答えは、どこにもなかった。