(32)幼体⑬
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ファーレンシアの侍女達は、ウールヴェのトゥーラの毛でファーレンシア用のミトンを作り上げた。織物の知識がないカイルには、それは奇跡の技術に等しかった。
「すごいな、これ、どうやって作ったの?」
製作者の一人であるマリカに、カイルは興味津々で尋ねた。
「専用の針で、何度もつつくことで不織布を作ります」
既製品しか知らないカイル達にとって、原材料である糸や布の造り方は斬新だった。シルビアも感心してみせた。
「すごい、文化ですねぇ」
「それぞれの分野に専任の職人がいるのも、わかるな」
賢者達の感心ぶりにマリカ達は困惑せざる得ない。彼等は一般的な知識が欠落していた。
カイルは目をキラキラさせて、専属護衛であるミナリオを振り返った。
ミナリオも慣れたもので、主人が何を求めているか、正確に察した。
「……布や糸の制作に関する書が欲しいと?」
「よくわかったね」
「最近、そういうことを察するために、精霊から加護を授かったのかと思います」
「じゃあ、さらに加護の訓練の時間を設けよう」
カイルの提案が、冗談か本気かミナリオには、判断がつきかねた。
「カイルは本気で言ってます。貴方を助手として鍛えあげるつもりです。逃げ出すなら、今ですよ?」
シルビアがとても不吉なことを言った。
「カイル様、シルビア様、私もアイリも専属護衛なんですが……」
「ええ、多才でとても優秀な専属護衛だと思います」
「シルビア様、私を菓子職人から解放するつもりは、ないのですね?」
アイリも突っ込む。
「ありません。特別手当は倍増してもよろしいですよ?」
「どうする、アイリ。我々はすごい勢いで財産を築きそうだ……」
ミナリオは少し遠い目をして言った。
「そうね。特別手当だけで老後は生きていけそうだわ」
ミナリオは吐息をついて、カイルの要求事項についての検討を始めた。
「書より、侍女や職人から学んだ方が早い気もしますが……」
「ついでに、牧畜に詳しい人も欲しいなあ」
「探してみましょう」
「まあ、とても暖かいですわ」
ミトンをつけてみたファーレンシアが感想を述べる。カイルはディム・トゥーラの解析結果を見ながら、その感想のメモを取った。
「水も、はじくかな?」
「濡れません」
マリカの用意した水桶にミトンの手を浸したファーレンシアが驚いたように言った。
「水をはじいています」
作った侍女達も驚いていた。そんな材質は地上に今まで存在しなかったからだ。
「冷たさは感じる?」
「感じません。暖かいままです」
カイルはいろいろな項目を確認した。暖炉の火に手を突っ込む実験は、さすがにファーレンシアにはさせずに、カイルがやった。
ミトンをつけて暖炉に手を突っ込むメレ・アイフェスに侍女達は悲鳴をあげたが、本人は平然としていた。
「あ、熱くありませんの?」
「うん、大丈夫だ」
「燃えていませんか?」
「うん、燃えていない」
ファーレンシアは急いでカイルの手が火傷を負っていないか、確認した。カイルの手は無傷だった。
「あとは、これをどうやって量産するかだなあ」
カイルは脱いだミトンをファーレンシアに渡した。ファーレンシアはそれを宝物のように受け取った。
「ファーレンシア?」
「このミトンをいただいても?」
「もちろん。マリカ達はファーレンシア用に試作したんだよ?」
「宝物にします。カイル様のウールヴェであるトゥーラの毛で作った不思議な手袋ですもの」
「――」
実験試作物で感動されたことに、カイルは意表を突かれた。
だが、嬉しそうなファーレンシアの反応に手袋とお揃いのコートでも、作ってあげたくなった。もっと喜ぶ顔がみたい……。
ウールヴェのトゥーラは、カイルと視線があい、主人の思考を正確に読み取ったため、未来の想定受難に尻尾を極太に変化させた。




