(3)事情
「いつも手をわずらわせてごめん」
サイラスの店の前で待機していたミナリオ達にカイルは詫びる。
「それが仕事ですのでお気遣いは無用です」
ミナリオは微笑み、共に城に向かって歩き出す。いい機会なのでカイルは気になっていることをミナリオに尋ねた。
「ミナリオ、ファーレンシアは身体が弱かったの?」
「私よりアイリの方が詳しいでしょう」
ミナリオは視線でアイリに回答を受け渡す。
「メレ・エトゥールのおっしゃったことは事実です。先見をなさる時によく発作のような症状を起こし、倒れられてました」
元ファーレンシアの専属護衛であるアイリが答える。
「本来、初社交は十二歳を目安としますが、ここまで遅れたのはそういう事情もございます。正直、メレ・アイフェスがいらっしゃってから、ご健康ですので、私達一同は感謝しています」
「いやいや、僕達は関係ないでしょう」
「そうでしょうか?精霊の加護が増えたからだと、我々は考えていますが」
先見の予言は、世界の番人である精霊との対話――精霊のあの凄まじい力がファーレンシアの身体に負担を強いていたことはあり得ることだった。
「一度、ファーレンシア様を診察してみましょうか」
「シルビアが診てくれるなら安心だ」
カイルはほっとした。この間の精霊との対話がファーレンシアの身体に負担をかけすぎてないか心配だったのだ。
「メレ・エトゥールが僕を晩餐会に担ぎ出すための嘘かと疑ってしまったよ」
「まあ、その判断は間違っていませんよ。承諾を得るまで、あの手この手を用いて、追いこむのは、元直属として想像できます。すでにいろいろとメレ・アイフェスありき、で見直しを進めておりましたから」
ものすごく不吉なことを言われたような気がする。何を見直しているというのだろう。
「侍女のマリカ達まで熱心に加担するのはなぜ?」
アイリはカイルの質問に微笑む。
「晩餐会で主を着飾ることは、いわば侍女の誉れですから。それが初社交になれば、彼女達の意気込みも理解できますわ」
「ファーレンシア様の初社交のエスコートを辞退するとは何事か、という視線でしたね」
ミナリオが思い出し笑いをする。
「ミナリオも気づいていたんだ」
「あれだけの殺気が出ていてれば、そりゃあ、もう」
「ははは」
力なくカイルは笑う。
「あそこで断っていたら、どうなってたかな?」
「え?」
「え?」
二人の回答に間があく。
「それは……メレ・アイフェスの勇気に感嘆していたかもしれません」
「究極の怖い物見たさってヤツですね?」
――アイリとミナリオの言葉の意味が怖い。
「城の侍女全員を敵にまわし、その時は、私もマリカに加担していたと思いますよ?」
にこにこしながら、アイリは恐ろしいことを言う。目は笑ってなかった。
「焼き菓子でシルビア様を味方につけるとかしてますね、きっと」
「あら、それは買収されてしまいますね」
「買収されないでっ!」
「そもそもあの部屋に足を踏み入れた時点で勝敗は決していると思うのですが……」
ミナリオが真顔で評する。
「確かに」
採寸のための部屋まで用意されていたのだ。承諾するまであの部屋から出られなかったかもしれない。
「そういえば、シルビアの採寸は長かったね」
「採寸以外にも布や色やデザインまでも決める必要があって地獄でした。最終的にはファーレンシア様達におまかせしました。地上の服飾文化などわかりません」
まだ男性の採寸はマシだったようだ。
「晩餐会はどのような流れですか?」
シルビアが不安そうに問う。
「詳しい説明は直接あるとは思いますが、エスコート役の男性と入場して、軽い食事のあと、外交がはじまります。いろいろな方から挨拶を受けるでしょうが、そこはメレ・エトゥールが考えていますので、問題はありません。それから舞踏が始まります。三曲目が重要な意味をなすので、メレ・エトゥールの指示以外の方と絶対に踊らないでください」
「三曲目?伝統的なものなのかな?」
「はい、そう考えていただいて結構です」
シルビアはため息をついた。
「間違いを起こしそうで怖いですね」
「サイラスは敵前逃亡して、うらやましいよ」
「セオディア様から逃れることは無理だと思いますが……」
ミナリオがぼそりと言った。
「……」
「……」
「……私、一時的にステーションに帰還してよろしいですか?」
「……ダメに決まってるでしょ」
策にはまったメレ・アイフェス達に、エトゥールの領主の高笑いが聞こえたような気がした。




