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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第5章 精霊の守護者
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(1)社交

 カイルは耳を疑った。目の前の兄妹から理解できない提案をされたのだ。


 カイルが目覚めてから、平和な日々が過ぎていた。

 今もシルビアとカイルはお茶を飲んで、穏やかな時間を過ごしていた。

 二人の元を訪れたエトゥール人の兄妹の言葉は、その堕落した平穏な時間の終了宣言に近かった。


「待って、理解できない」


 カイルは頭を整理した。


「エトゥールの作法を覚えた方がいいという話だったよね」

「はい」


 にこにことファーレンシアが応対する。彼女はすごく楽しそうだった。


遠出(とおで)するためにも乗馬を覚えた方がいい、までは理解できる」

「はい」

「だが、ダンスを覚えろというのは?」

「宮廷作法の一環ですね」

「いやいや、それはいらないでしょ」


「実はそれが一番重要だ」と、少女の隣に立つセオディア・メレ・エトゥールが不吉なことを告げる。


「メレ・アイフェスが社交の場に出ないと非難轟々(ひなんごうごう)だ。エトゥール王がメレ・アイフェスの自由を奪い、監禁しているという噂があがるくらいだ。定期的に生存を周囲に知らしめる必要がある」

「定期的にって、一度ですまない、ってことでしょう」

「まあ、そうなる。外交として、晩餐会(ばんさんかい)があり、そういう場がある以上、ダンスを含めた礼法を覚えていただきたい。大丈夫、書物を記憶できるカイル殿には難しいことではない」


 決定事項のようにセオディア・メレ・エトゥールは話をすすめる。


「礼法、乗馬は学ぶけど、ダンスはない。絶対にない」

「そうか、晩餐会(ばんさんかい)なら一度の挨拶ですむが、個々に面会したいというならこちらも無理は言わない。こちらがメレ・アイフェスが面会すべき貴族のリストだ。かなり絞ったものだ」


 カイルは蒼白になる。侍女が持つ書盆(しょぼん)に乗る羊皮紙(ようひし)は山積み状態だった。エトゥール王特有の冗談かと思えば、面会依頼の書は全て本物だった。


「さらに増えていくことは保証しよう。シルビア嬢と分担でかまわない」

「え?私ですか?」


 シルビアは飛び火した話題に慌てた。彼女は書盆(しょぼん)を目にしてから、きっぱりと言った。


「カイルがメレ・アイフェス代表として晩餐会に出席でよろしいと思います」

「シルビア! 僕を人身御供(ひとみごくう)にしないでっ!」

「私はそのような場に出る服もありませんので……女性にとっては重要な問題ですから」


 シルビアは完全に(うれ)えるふりをして、カイルの退路を断ち自分の安全を(はか)った。


「そこなんです!」


 ファーレンシアは両手を握りしめて、シルビアに同意した。


「もう、ドレスを作り始めなければいけない時期なのです。シルビア様、採寸をいたしましょう」

「え?」

「出る、出ないはともかく、男性の正装服より女性のドレスは作るのに時間がかかるのです。隣室に侍女が控えております」

「え?」

「布、デザイン、髪飾り、耳飾り、首飾り、靴――ああ、いろんなものを決めなくてはいけません!」

「あの……?」

「さあ、シルビア様っ!」


 混乱の中、目を輝かせたファーレンシアに、シルビアはすごい勢いで隣室に連れ去られた。


「……策士、策に溺れる、か」


 セオディアは笑いを噛み殺している。


「シルビア嬢のドレス姿は楽しみだ」

「シルビアを人身御供にするから、勘弁して」


 未来が予想できたカイルは、ぐったりと告げた。


「ファーレンシアをエスコートしてもらう男性のメレ・アイフェスが必要だ」

「サイラスがいいよ。彼は毒舌(どくぜつ)さえなければ絵になる」


 ファーレンシアの横にサイラスが立つ。それはきっと映えることだろう。誰もが認める美男美女のモデルのようなカップルが成立する。


――なぜだろう?なにか面白くない。


「……やれやれ、ファーレンシアも苦労する」


 ぼそりとセオディアがなにごとかつぶやく。


「サイラス殿には廊下で出会った時に、打診しようとしたらすごい勢いで逃げ出された」


 怖い物知らずの先発隊員(サイラス)が逃げ出すほどの危機とは恐ろしい。


「とにかく僕にはダンスなんか無理だ。そんな運動神経はない」

「……実は、ファーレンシアは去年まで身体が弱く、こういうことは無理だった」


 意外な独白にカイルは意表を突かれた。


「え?」

「最近は発作も起きず、体力もついてきたようなので、彼女が望む形で初の社交会(デビュタント)を味合わせたかった。そのため信頼できるエスコート役をカイル殿にお願いしたかったのだ」

「……」

「カイル殿なら短期間で礼法も学び終えるだろうと、ついファーレンシアに言うと、あの子は予想外に喜んでしまったが……」

「……」

「信頼できるエスコート役が得られないなら、彼女には次回の晩餐会における初社交(デビュタント)は諦めてもらおう」


 セオディア・メレ・エトゥールは残念そうに吐息をついた。

 

 騙されちゃだめだ。騙されちゃだめだ。

 すごい勢いで外堀が埋められているが、ほとんど脅迫に近い。これは間違いなく、メレ・エトゥールの陰謀だ。


 その時、妙な思念を感じた。

 ふりかえると部屋に残っている数名のファーレンシアの侍女達からすごく睨まれている。代表者はファーレンシアが信頼しているマリカだ。


――ファーレンシア様のエスコート役を断るだと?この不届(ふとど)(もの)がっ!


 彼女達の目は間違いなくそう語っていた。


「……今回だけなら……」

「ん?」

「……今回だけならファーレンシアのエスコートをするよ」

「そうか、ありがたい」


 メレ・エトゥールは手をたたいた。


「彼の気が変わらないうちに採寸を」




 侍女達にカイルは拉致られた。


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