(36)閑話:I'm On Your Side③
お待たせしました。本日分の更新です。お楽しみください。
週末は、いつものように昼過ぎ〜夕方(←最近保険じゃなくなった……)の更新予定です。
ブックマークありがとうございました!
エトゥールの治癒師は、アードゥルの折れて変形した指を不可思議な技術で、強引につなげた。ミオラスは歌でアードゥルの意識を奪ったが、この時ばかりは歌で眠るアードゥル独特の悪癖に感謝した。
傍目から見ても、骨折の治療は痛そうで、カイル・メレ・アイフェスなどは治療光景から目をそらし、ずっと身をすくませていた。何かトラウマがあるようだった。
砂まみれの男達とウールヴェは、シルビアに風呂に入るように厳命され、すごすごと退室した。
アードゥルも似たような状態だった。
服を脱がし、濡れた添毛織物で身体をふき、髪を櫛でとかし、砂をのぞいた。
治療で砂まみれになった敷布を使用人を駆使して交換すると、シルビアはその他の傷の治療を始めた。ミオラスは助手を勤めながら、時々アードゥルの脈を測り、生きていることを確認して安堵するのだった。
しばらくは指を使わせないように、とシルビアはミオラスとエルネストに付添の注意点を告げた。
監視していないと、痛みが麻痺しているため、強引に指を使ったりすることが多々あるそうだった。そうなるとのちのち手術が必要になることもあると警告された。
「食事のナイフ・フォークやペン、本とか日常的に使うものを1週間ほど遠ざけてください。彼等はやらかしますから、気をつけてください」
「やらかすとは……?」
「そうですね。手のひらの神経を切りかけたのに剣を握ろうとしたり、腹部を貫通した怪我でも脱走して絵をかいたり、解毒中なのにリハビリと称して激しい運動したり――」
やけに事例が具体的だった。
「エルネスト様はそんなことは、ありませんでしたが……」
「まあ、なんて優秀なんでしょう!さすが品行方正なアドリー辺境伯です」
治癒師の感嘆には嫌味な調子がなく、本心からの賞賛のようだった。
エルネストは話題に出されて嫌そうな顔をした。
「問題児と比較されて、褒められても嬉しくないんだが……」
「その問題児を診療してきた私の苦労を察してください」
真顔でシルビアは切り返してきた。
「……まあ、確かに」
「念のためお尋ねしますが、彼はどちらに分類されますか?」
寝台で眠るアードゥルを見ながらのシルビアの質問にエルネストは即答した。
「間違いなく問題児だ」
「そんな気はしました。ミオラス様、監視をお願いします」
「喜んで」
ミオラスは付き添いの大義名分を手に入れた。
エルネストがミオラスを見た。
「ミオラス、君に何があったのか、ききたい」
「――」
ミオラスは固まった。
相変わらずエルネストは、ミオラスの些細な変化に鋭かった。アードゥルと足して二で割れば二人とも平均になるのに、と愚痴に近い感想をミオラスは抱いた。
「どんな些細なことでもいい。今後のアードゥルの治療方針にもかかわるので教えて欲しい」
しかも逃げ道をふさぐこともうまい。ミオラスはため息をついた。
「……幻覚を見ました」
「幻覚?」
「アードゥル様が目の前に立っているような――精神的に疲れていたのでしょう」
「それはアドリーに待機していた時の話ですか?」
シルビアまでが追求に加わった。
「……はい」
「何か会話をしたか?」
「何も……私がその……一方的に罵っただけです。……誤解されたままが悔しくて……悲しくて……心が読めるのに、私の心を読んでくださらなくて……」
ああ、と賢者達は何かを察したように納得した。
「アードゥルの『連れて逝けない』に心あたりは?」
「……私が強請りました。一緒に逝きたいと……」
「なるほど、それか」
エルネストは頷いた。
「君のためにアードゥルは戻ってきたのだな」
「え?」
「まあ、そこらへんは本人に聞いてみるといい」
エルネストが手を伸ばしてきて、ミオラスの額に指で触れた。
なぜかミオラスは身体が楽になった気がした。
続きます。




