(30)月虹⑨
お待たせしました。本日分の更新です。お楽しみください。
明日もお昼すぎ〜夕方の更新予定です。
ブックマーク、評価ありがとうございました。
昨日、なろうランキング(日間)ハイファンタジー部門で96位!(すぐに消えましたが(笑))
嬉しくてスクショ撮りました!応援してくれた方に感謝!今後も頑張ります。
「え?は?その人物ってクレイ団長のことなの?」
豪快で実直そうな大男である第一兵団長のヤンチャな過去話にカイルは驚いた。しかもメレ・エトゥールとの出会いの仕方が東国の暗殺者であったアッシュの経緯にどこか酷似していた。
襲撃者を部下にするのはセオディア・メレ・エトゥールの趣味だろうか?
「詳しくは本人に聞けばよい」
メレ・エトゥールはしれっと暴露話の追求をかわした。
エトゥール王とその妹が忠誠心の高い協力者で周囲を固めることができているのは、セオディア・メレ・エトゥールが持つ人の本質を見抜く才能に起因するのではないだろうか、とカイルは思った。
カイルが何か言う前に、再び赤い鷹がエトゥールの執務室内に出現した。
精霊鷹はアドリーと同じように執務室の長椅子の背もたれを止まり木にして舞い降りると羽根を広げて自己主張をした。
メレ・エトゥールが人払いをしてなければ、目撃者が興奮して吹聴しそうなエトゥールの吉兆のシンボルの降臨だった。
同調飛行に協力するという意味なのは間違いなかった。
その出現に、カイルの側に控えるトゥーラがなんだか面白くなさそうな顔をした。
精霊鷹は逆にウールヴェに対して勝ち誇ったような顔をした。
一羽と一匹の間に火花が散った。
――僕も 翼が 欲しい
「お前は今のままで、十分だよ」
カイルの言葉にトゥーラは気をよくしたようで、ふふんと鼻を高くして精霊鷹を挑発した。
「君達、仲良くね」
低次元な争いが勃発しそうな気配に、カイルは釘をさした。
「まるで初代の大失態を世界の番人が尻拭いしているようだ。ずいぶんと協力的だなぁ」
カイルはぼやいた。
「ありがたいことだ」
「このままここから飛んでいい?」
「もちろん」
「何かあればトゥーラが騒ぐから、その時は起こして」
「わかった。だが、無理はしなくていい」
カイルは執務室の長椅子を借りて横たわり、すぐに意識を落とした。赤い鷹はしばらくしてから小さく鳴いた。
メレ・エトゥールは心得たように左手に籠手をはめ、精霊鷹を手首に乗せ、窓際に向かう。セオディアは窓を大きく開けた。
それから少しだけ楽しそうに手元の赤い鷹に笑いかけた。
「思いっきり目立ってこい」
『ちょっ――!!』
カイルが抗議するより早く、精霊鷹はエトゥール王の要望に応じて、その身体に虹色の光輪をまといながら夜の王都上空に羽ばたいた。
『待ってっ!目立つのやめてっ!ひそやかに飛んでっ!!』
カイルの要望は完全に無視された。
前代未聞の大嵐が大陸全土に及び、はじまりと同様に唐突に終わった。
吹き戻しの強い風が雲を流し、夜には満月が見ることができるほど回復したことに、王都の民はほっとしていた。
嵐の余韻として空気中の残された多くの水分は、一つの稀有な気象現象を引き起こした。
月虹である。
満月の光が、大気中の水分により反射し、屈折して淡い神秘的な虹を生み出し、人々を驚かせた。
これを見た者には「幸せが訪れる」「精霊が祝福を与えに訪れる」と言われている夜の大気光学現象に誰もが夜空を見上げた。
災害のあとの奇跡は、最近の妹姫の婚約の儀の祝福を思い出させた。
そこへ、もう一つの奇跡が起こった。
赤い精霊鷹が虹色の光輪を抱き、エトゥール城から出現したのだ。夜だというのに、はっきりと姿が視認できた。
しかも虹色のオーラに包まれているのだ。
エトゥールの王都上空をゆっくりと旋回し、精霊鷹が飛んだ。
誰かが跪き祈り始めた。
それに追従する者が現れた。皆が夜の街路に跪いた。
夜空の満月が生み出した虹と、精霊鷹が描く虹色の軌跡が美しく幻想的な世界を広げていた。この景色を目撃できたことこそ、僥倖に違いない。誰もがそう思った。
王都の民は目に見えない精霊の神恩に感謝し、明日の恵みを祈った。
『いや、だから、お願いっ!目立ちたくないんだってば!』
同調者の懇願に赤い鷹はトボケるように首を傾げ、エトゥール王に命じられた調査をするために、北へと進路を変え夜の世界を飛び続けた。




