(6)消失
『ディム・トゥーラ!カイルの生体反応が消失しました!』
シルビア・ラリムの悲鳴に近い精神感応にトゥーラは跳ね起きた。真夜中。上着をつかみ、カイル・リードの私室に走る。
低下ではなく消失だと?!
生体反応の消失は、個体の死亡か危篤状態であることを示す。カイル・リードが死にかけていることになる。
「いつ?」
『今、たった今です!』
「個室施錠を解除してくれ!」
『やっています!』
「カイル!」
飛び込むように侵入した個室は、予想に反して無人だった。
「部屋にはいない。IDスキャンをして現在位置を教えてくれ!」
『それも反応がありません!』
反応がないなんてことはないだろう。舌打ちして彼はすぐに警報を鳴らした。
『全員カイルを探してくれ!何処かで倒れている』
観測ステーションは大騒ぎになったが、かまうものか、とディムは思った。あとで詫びるのは本人だ。土下座でもなんでもすればいい。
だが、時間がたつにつれて事態は深刻さを増した。
カイル・リードはどこにもいなかった。
上層部は行方不明者の発生に中央への報告にかかりきりになり、捜索を続けるメンバーを除いた人間は、皆集まった。
カイル・リードは観測ステーション内に存在しない。監視機器類の全てがそれを示していた。
冷静さを取り戻したシルビアが、皆にカイル・リードの生体反応記録の履歴を見せる。確かに唐突に彼の生体反応は消えていた。
「移動装置の数を確認して。もしかして無断で地上に降りているのかも」
イーレが指示をだす。
「全数揃っています。稼働記録もありません」
「中央に帰ったとか」
「連絡船は離艦していません。そもそもゲート通過で記録が残るでしょう」
ディムは身を乗り出した。
「映像記録を出してくれ、カイルの個室付近の廊下だ」
「彼は3時間前に個室に戻っています」
「俺の個室で奴と話したあとだ。一致する」
部屋に飛び込むディム・トゥーラの映像までに、誰も廊下を移動していない。
「彼は部屋をでていないことになるわね」
「でも、いなかった」
「彼、移動能力あった?」
「ない」
「IDの移動痕跡もないんですよ」
シルビアは蒼白になり訴えた。
「ありえないことです」
――ありえない。最近そのフレーズを聞いたではないか。
ディム・トゥーラは歩きだした。
「どこに?」
「ヤツの個室」
「私も行くわ。シルビア、IDと生体反応の正確な消失時間を上層部と中央に報告をあげて」
ディム・トゥーラはイーレと共にカイルの個室に再度向かった。
「中世の画像娯楽でこういうネタあったな」
「どんな?」
「宇宙生命体に喰われるヤツ」
「あら、それなら血とか肉片とか痕跡は確実にありそうね」
「イーレのその冷静さが今は頼もしいよ」
カイルの個室に二人は足を踏みいれた。
「寝た痕跡はない」
「絵でも描いてたんじゃないかしら」
イーレは床に散らばっている紙を拾い集めた。
「綺麗だけど相変わらず非効率な趣味よね」
――地上の絵だ
カイルから事情を聞いているディム・トゥーラはすぐに理解した。非常事態であるにもかかわらず絵にある情報量の多さに研究者として気をとられた。カイルの絵の緻密さは称賛ものだった。観察眼の鋭さが、貴重な画像資料を生み出していた。風景、建物、大樹、庭園風景、服に宝飾品――。
人物画?
ディム・トゥーラは数枚の絵に釘付けになった。
それはおそらくカイルが違法に接触した少女の姿絵だった。