(19)狂飆⑪
アードゥルは意識を取り戻した。
あの不思議な空間で1時間くらい過ごしたような体感があったが、実際は2〜3秒くらいかもしれない。
身体は落下している。
その落下する身体の腕をウールヴェが咥えていた。こんな間近にウールヴェ姿のロニオスがいることにアードゥルは驚いた。
『アードゥル、いい夢は見れたかね』
呑気な問いかけがきた。
「…………なぜ、貴方まで落ちている?」
『私の本気を示すには、ちょうどいいだろう』
「とっとと、帰ればいい」
『賭けの報酬はもらう。君は私のものだ』
「――他人の手を借りるなんて詐欺じゃないか」
『ふふ、甘いな。私は「このウールヴェの姿で君の力場を消すことができるか賭けよう」と言ったんだ。他人の手を借りるのは、最初から作戦のうちだ』
「…………思い出した。貴方は昔からズルい人だった」
ロニオスは笑った。
『ズルく、周囲をふりまわし、その反応を楽しむのも、賭け事の醍醐味だ――アードゥル、エルネストも来ている』
「!!」
『アードゥル!ミオラスを悲しませるなっ!!」
怒鳴るようなエルネストの強力な思念が頭に響いた。
なんとズルい集団だろうか。
アードゥルは修羅場の最中であったが、呆れた。
あの手この手で現実世界に引き止めようとしている。
そのズルい集団の代表格の人物が横にいて、囁いた。
『アードゥル、世界の命運は君の両手に均等に乗っている』
「――」
『好きな方を選びたまえ』
ミオラスの顔が浮かんで消えた。
「本当に貴方はズルい人だなっ!!!」
アードゥルは怒鳴り、力場を張った。周囲ではなく、下方に対してだった。
落下を止めようとする急激な制動に身体が衝撃を受ける。わずかに落下速度は緩んだが、それだけだった。
「――手遅れだ、加速度を打ち消しきる頃には地面に激突だ」
『いや、十分だ。そのまま続けてくれ』
転移する余力はなかった。
「一緒に心中する気か?貴方だけでも――」
『いや、いい』
「物好きな……」
『だいたい私は諦めていない』
アードゥルは下方への力場を作ることに集中した。落下速度は緩んできたが限界は近かった。
『カイル!!!!』
「!!!」
待っていたディム・トゥーラの呼びかけに、カイルは正確にウールヴェを跳躍させた。
「アードゥル!!」
エルネストの思念と実際の叫びがアードゥルに届いた。
――ぶつかるっ!!
真下に出現した彼等は、アードゥル達の落下進路上にいて、衝突しそうだった。
その時、下から噴き上げる上昇気流の風が発生し、アードゥルと白いウールヴェの落下速度をかなり和らげた。
アードゥルはそのわずかな時間で力場を切り、エルネスト達を弾き飛ばす事故を未然に防いだ。
エルネストはアードゥルの身体を、カイルはリードの身体を受け止めた。
「トゥーラ!!!」
カイルは、放物線を描いて落下する前にトゥーラを再び跳躍させた。最初にいた無人島の砂浜に戻るつもりだった。
『「「あ」」』
カイルは計算し忘れていた。
アードゥルとリードの体重と、彼等の落下速度の負荷をである。
あと少し転移距離が足りず、派手な水飛沫を上げながら、彼等は海に落ちた。
幸い溺れる深さではなかった。エルネストとカイルは飲んだ海水に咽せながら、すぐにアードゥルとリードの身体を砂浜に引き上げた。
――ご、ごめん
自力で砂浜に上がったウールヴェのトゥーラが、イカ耳になって詫びる。
「いや……上出来だよ」
海水に咳き込みながら、カイルはトゥーラを褒めた。皆が生きている――それが重要だった。
『確かに上出来だ。お前もよくやった。ストレートに誉めてやる』
「!!」
止める間もなく、ディム・トゥーラの気配は、リードの身体から消えた。
え?ディム・トゥーラが褒めた?ストレートに?マジ?マジで?
カイル絶賛混乱中(笑)




