(58)閑話:お茶会前③
遅くなり、申し訳ありません。本日の更新です。
引き続きお楽しみください。
エルネストはアードゥルを探して花畑までやってきた。ここを趣味的に管理しているのは、アードゥルだ。
顔と性格に似合わず、細やかな世話をし、満開の花を維持している。草花に特化した栽培実験場とも言えた。
「アードゥル」
呼ばれてアードゥルは振り返った。彼はしゃがんで原始的な手法で新しい苗を植えていた。すなわち園芸用堀棒を手にして地面を掘っている。
「ずいぶん原始的な手法だ」
「仕方あるまい。豪にはいれば郷に従えだ。自動機械を使って作付けをして、目撃者がでては困るだろう」
「……それにしても相変わらず、見事に満開だな」
「お世辞はいい、ここまでくるとは何の用だ?」
エルネストはアードゥルに遠慮して、ここまで追いかけてくることはめったにない。それが長年の暗黙のルールであった。
「……アードゥル、君は何をやらかしたんだ」
「どれのことだ?」
まさか複数の候補があがってくるとは思わず、エルネストは吐息をついた。
「珍しいことにミオラスが拗ねている」
「ああ、そのことか」
アードゥルは作業の手を止めた。シャベルを土に突き立て、その行為は彼の微かな苛立ちを示していた。
「エルネストが悪い」
「なぜ私なのだ」
「こちらは正直に話しただけだ」
「だから、何を?」
「何を賭けたか」
「――」
エルネストは空を仰いだ。
「よくわかった…………それは拗ねるな……」
「拗ねているのは、わかったが、なぜそのことで拗ねるかわからない」
「――」
「最初からエルネストが誘っていれば、問題は発生していなかったはずだ」
いや、そうじゃないだろう。心の中でエルネストは突っ込んだが、本人は真相からもっとも遠い位置にいた。
支援追跡者が面倒をみる被験体は、そうじてそういう傾向に陥ることが多い。持っている強力な能力は感受性が強すぎてなんでも悟ることが日常だ。
逆に言えば、その能力を使わなければ、対面の相手のわずかな表情の変化や雰囲気から察することが下手になる。
アードゥルがミオラスに対して、能力を制限して接しているのは身内に対する彼なりの礼儀だが、弊害もあった。相手の感情に対して鈍くなりすぎるのだ。
これではミオラスが気の毒だ。
「私が代表で、ミオラスに謝っておく。アードゥル、君はもう一度、ミオラスと出かけたまえ」
「もう、目的の茶器は購入した」
「他にもあるだろう」
「楽譜も購入した」
「いや、他にだな……」
「書も買った」
「だから――」
「ミオラスはエルネストと出かけた方が楽しく過ごせるだろう」
この馬鹿者め、枕でミオラスに殴られてしまえ。
ミオラス同様、エルネストも心で罵ったが、能力を完璧に制限しているアードゥルには、通じなかった。
「ミオラス」
「どうなさいましたか、閣下」
「アードゥルから事情を聞いた。私が悪かった」
「まあ、なんの話でしょう、閣下」
「君が私を『閣下』と呼ぶ原因だ」
ミオラスはわざとらしく驚いたふりをした。
「何かありましたか?私にはさっぱり……」
「君を賭けのネタにしたことだ」
口に手をあて、貴族の子女のようにミオラスは完璧に笑った。
「小娘のように胸が高鳴り、その後ドン底に突き落とされたのは、私の不徳のいたすところですわ」
「……すまなかった」
「他にも私のネタはありますわね?」
いつになく冷たい視線にエルネストは怯んだ。
「あー、お茶会を承諾するか、否か、かな……」
「酷いですわね、こちらは前代未聞の姫君とのお茶会に緊張しているというのに。今後、私を賭け事のネタにするのは、やめてくださいまし」
低い声でミオラスが言う。
「わかった」
「私がからむこと以外なら、賭にご協力します」
「なんだって?」
「どうせなら、アードゥル様の賭の負債を私の生前中は返済できないくらい積み上げてくださいませ」
「それで君が許してくれるなら」
「許します、エルネスト様」
二人の間に密約が結ばれた。




