(57)閑話:お茶会前②
お待たせしました。本日の更新分、お楽しみください。
ミオラスはアードゥルと共に東国に向かった。
花畑の中央にある移動場所に立つと、いつもの移動時のように抱き抱えられる。
実を言うと、ミオラスはこれが不思議に照れくさかった。
身体の関係がある相手にも関わらず、衣服のまま恋人のように密着することに動揺してしまうのだ。
恋人のように――ミオラスはアードゥルの想い人が、他にいることを本能的に悟っていた。これは女の勘と言ってもいい。
館にその女性を連れてくることはなかった。おそらく昔に亡くなっているのだろう、とミオラスは察した。
死人に勝てるわけはない。
だが、その死人に関して、アードゥルと親しい間柄であるエルネストと会話が登ったことはなかった。触れてはいけない話題なのだろう。
踏み入れてはいけない領域だ、とミオラスは自戒していた。
エルネストは娼館時代のようにアードゥルと関係を持つ必要はないと、再三忠告してきた。
だが、ミオラスはアードゥルと関係を続けた。その理由は、ミオラスは寝台の上でだけは、アードゥルの恋人を演じられるからだった。その時だけ与えられる特権をミオラスは手放すつもりは、なかった。
客に恋をするな、娼婦失格だ――娼館ギルドの古来からの教えを、ミオラスはアードゥルに出会った頃から破っていた。
叶わぬ恋とわかっている棘の道をミオラスはあえて選び歩んでいる。
移動はいつものように一瞬だった。
アードゥル達が買い取った娼館の支配人室の小部屋だ。
娼館の支配人室は外階段ともつながっているので、アードゥル達は自由に出入りできる。
フード付きの長衣を着て、アードゥル達は中心街にある市に向かった。
目的の茶器専門店はすぐに見つかった。
ミオラスは年若いエトゥールの姫にふさわしい優しい薄いピンクの茶器一式を選んだ。
「我々の分も新調したらどうだ?」
「よろしいのですか?」
「エルネストのセンスは古くさい」
ミオラスは、吹き出しそうになった。
確かにエルネストは地味な色とデザインを選ぶ。それがアードゥルに不満なのかもしれない。
アードゥルの意見を聞きながら、自分達の普段使いの茶器一式を選んだ。アードゥルは二つの品物を娼館の支配人室宛にすぐ届けるよう代金とともに高い手数料を払った。
店をでるとアードゥルは、娼館と反対方向に向かって歩き出した。
「アードゥル様?」
「楽譜を見にいこう」
「まあ、ありがとうございます」
「書も」
「え?」
「読めるものは全部読んでしまったのだろう?」
「……ご存知でしたか……」
羞恥にミオラスは頬を染める。ミオラスにとって、古語や難解な文法を用いた書は、まだまだハードルが高かった。
「エルネストの趣味の弊害だ。もう少し読みやすい歴史書を探そう。もしくは古語を学ぶか?」
「それは……」
「もちろん、私が教える」
「ありがとうございます」
ミオラスは心の底から喜んだ。アードゥルと過ごせる下心もないとはいえないが、アードゥルの教え方は上手く、面白かった。
案外、彼は教師のような職が向いているのでは、とミオラスが思ったことがある。ただ致命的に無愛想だった。
彼を知らない人は怯えるかもしれない。
「エルネストも教師として出しゃばってきそうだが、致し方ないな。居候の身の私が大きなことは言えない」
最近のアードゥルは滞在が伸びるにつれて、謙虚だった。滞在費をエルネストが頑として受け取らなかった。エルネストの切り返しはこうだった。
「屋敷修繕費として、積立てておけ」
強烈な皮肉だった。
「アードゥル様、もしやまた……」
「負けた」
「いったい何のネタで?」
「君だ」
「は?」
「今回、君は出かけるのに、エルネストを選ぶ方に賭けたんだ」
ミオラスは少し半眼になった。これは、私は拗ねていい案件では――うん、拗ねていいはずだ。
ミオラスは完璧な客向けの微笑を向けた。恐らくこれで、アードゥルには拗ねていることが伝わるはずだ。
「負けて残念でございましたね」
負けてざまーみろ、だ――子供の頃の地を丸出しで、ミオラスは心の中で罵った。
アードゥルの鈍さは基本仕様ですが、身内に能力(精神感応)を使わないという彼の礼儀が裏目(?)にでて、事態を悪化させております。
そこまで読んで、あえて賭けを持ちかけている極悪エルネスト。(アードゥルで遊んでいるとも言う)




