(50)再会⑳
カイルが戻ると、アドリーの客間は、大量の茶菓子とお茶と侍女達でひしめいていた。
中心にいるのは、シルビアとファーレンシアだった。
あまりの賑やかさにカイルは入口で呆然と立ちつくした。
若い辺境伯の登場に部屋は静まりかえってしまい、一斉に礼をされたため、さらに居心地が悪かった。
カイルは片手をあげて、制した。
「僕に構わなくていい。続けてくれ」
カイルの一言で賑わいが復活した。
「お帰りなさいませ、カイル様」
「お帰りなさい、カイル」
「これは、いったい――」
「もちろん試食会です」
何がもちろんなのだろうか。シルビアの言葉にカイルは頭が痛くなってきた。
確かにそこには茶菓子があった。ただ種類と数量が尋常ではなかった。
「……なんとなく、歌姫とのお茶会にからむことだと察するけど……」
「その通りです」
「行くのは、シルビアとファーレンシアだけだよ?」
「はい、わかっています」
「種類と数量がおかしい」
「いえ、これはどれを持っていくべきかを決める試食会です」
「僕にはそれを口実にアイリに新レシピの中から作らせたように思える」
「気のせいです」
「で、新レシピの新作お菓子はどれ?」
「そちらの20種類ほど」
「……20枚も消費されてしまった……」
「いいじゃないですか、ディム・トゥーラに新しいレシピを頼めば」
「それも目的な気配がする」
「もちろんです。これからの長期滞在を考えれば、まだまだ足りません」
「毎日、お茶をして、お菓子を食べるわけじゃないよね?」
「それが究極理想生活なので目指しています」
シルビアの甘味依存度は重症だった。
「……どうして、甘味がからむと、シルビアはトチ狂うんだ」
「甘いお菓子は正義だからです」
握り拳を作り、シルビアは主張する。いつもの無表情ではなく、目がきらきら輝き、無邪気に微笑む。
おそらく本人は表情の変化に無自覚だろう、とカイルは感じた。
「ついでに言うと、女性にとっては別腹です」
「……食べても、スタイルが崩れないシルビア様が羨ましいです。私は最近、少し太ってしまって」
ファーレンシアは羨ましそうに、シルビアを見つめた。なぜか少女の視線はシルビアの胸に集中していた。
「付き合う必要はないよ。シルビアは体内チップを調整して、カロリー消費している」
「はっ!その手があったのですね!」
「アイリに言って砂糖控えめの太らない菓子を作ってもらえばいい」
カイルの発言に客間が再び水を打ったように静まりかえった。
「え?」
「太らない菓子というものがあるのですか?!」
「そんなものが?!」
「まさにメレ・アイフェスの奇跡!!」
「もう、悩まなくていいと?!」
ファーレンシアと共にアドリーの侍女達の食いつきは凄まじいものがあった。
「と、とうもろこし由来のデンプンから、発酵させて作った砂糖なら――」
「作ることができますか?!」
「そ、そのうちね……」
発酵槽は拠点にあったはずだが、糖アルコールを作れるだろうか?
だが、飼料以外の甘味製造に手を出したら、初代達に首を絞められる可能性があがるような気がしてならない。
「……期待しないで待っていて……」
「「「「「とても期待して待っています!!!」」」」」
カイルはダイエットという女性の禁断領域に足を踏みいれてしまった失策にようやく気づいた。
ファーレンシアはカイルの手土産の研究員服をとても喜んだ。
「サイズ直しをしてよろしいですか?」
「不要だよ」
「え?」
「自然に身体にあうように変化するよ」
「手直しが不要だと?」
「うん」
ファーレンシアは問いかける視線をシルビアに投げた。
「はい、カイルの言う通り、身体にピッタリとあいますから、心配無用です」
シルビアは長衣のボタンを外して、中に着ている研究員服を見せた。
「体温調節、汗分解、夏でも冬でも過ごしやすく快適だと思います」
「まあ」
ファーレンシアは感心したが、やはり彼女の視線はシルビアの胸に集中していた。




