(22)宴⑪
「ファーレンシア?」
「言ってくれれば、とおっしゃいますが、果たして本当に言える状況でしょうか?私にはそうは思えません」
「どういう意味だ」
アードゥルがファーレンシアを見た。
「カイル様から歌姫が過酷な環境から救済され、保護を受けたと聞いてます。お二人は言わば、恩人。寂しいと訴えることが、厚かましい恥ずべき行為と彼女自身が考えた可能性については、御二方とも、どう思われますか?」
ファーレンシアの指摘に当事者は黙り込んだ。
「……………………」
「……………………」
「ウールヴェのトゥーラからこの話を聞くまで、その可能性に思い当たらないのは、いささかおかしな話です。歌姫が隠していた感情に本当にお気づきにならなかったのですか」
「……………………」
「……………………」
「図々しいことを言ってお二人に軽蔑されたくない、嫌われたくない、困らせたくない――私ですら、想像できます」
「……………………」
「……………………」
「ですから、それに気づかないのは不手際と申しております」
「ファーレンシア……それ、僕も該当しない?」
カイルは恐る恐る確認した。ファーレンシアが歌姫に強く肩入れする動機に無関係とは思えなかったからだ。ファーレンシアは否定しなかった。
「私も寂しい思いをしたか、と問われれば、しました。カイル様がいつお帰りなるか、待ち侘びておりました」
「――」
初めてきくファーレンシアの心情に、カイルはエルネスト達と同様の衝撃を受けた。
「でも私には、シルビア様や侍女達がおりました。歌姫はどなたかいらっしゃいましたか?そこは殿方が察するべき範疇でしょう」
年若いエトゥールの姫巫女は、女心に疎すぎる三人の賢者にとどめを刺した。
エルネストは後悔の吐息をもらした。
「エル・エトゥール、我々が姫の目から見て、朴念仁であることは理解しました。しかし、いったいどうしたら――」
「まあ、エルネスト・ルフテール、社交界でさんざん女性を泣かした貴方がそんなことを言いますの?」
「泣かした?」
カイルがファーレンシアの発言を問い返した。
「はい、亡くした妻を想い、後妻もとらない、アドリーそのもののような辺境伯として有名でしたわ」
「アドリーそのものって……」
「難攻不落」
「……なるほど」
「エル・エトゥール」
エルネストは本気で意見を求めているようだった。
「本気で私に助言を求めているなら……放置されないことです。一人でひたすら帰りを待つことほどつらいものは、ありません」
「反省します」
「いつごろ、帰るか告げることも必要です」
「………………これは、君の範疇だぞ?アードゥル」
「………………わかった」
「館に閉じ込めないで外に連れ出すことも。私にはなかなか叶わないことでしたが、カイル様に出会ってから世界が広がりました」
「エル・エトゥール、それは惚気では?」
「そうです」
ファーレンシアが率直に認め、カイルの方が赤面した。
「それから、毎日とは言いませんが、食事を共にとることは大事で――」
「……………………」
「……………………」
「なんですか、その沈黙は?」
少女の目が半眼になる。
「まさかカイル様みたいに寝食を忘れて何かに没頭しているなどと、いうことは……」
「……………………」
「……………………」
引き合いに出され、カイルの目も泳いだ。
ダメな大人集団にエトゥールの姫巫女は絶望の溜息をついた。
「トゥーラ」
――なあに?
「ナーヤ様のところに飛んで、焼き串を三人前と他の料理ももらってきてくださいな。お婆様がすでに用意していると思うけど……」
――わかった
白いウールヴェは姿を消したが、荷物を背負ってすぐに戻ってきた。
――なーや 用意してた
「やっぱり……」
ファーレンシアは問答無用で荷をエルネストに押しつけた。歌姫の処遇に怒っているファーレンシアに誰も逆らえなかった。
「今日はこれで、お開きです。ナーヤ様の先見で許可が出れば、そちらにご訪問します。誰が行くかは、ナーヤ様が指名すると思います」
「………………エル・エトゥール、これは?」
「本日の宴の料理、味は保証しますので歌姫との晩餐にどうぞ。一緒に食事をする口実にお使いくださいませ」
「………………感謝します」
「では、よしなに」
アードゥルは、カイル達に礼も挨拶の言葉もなかった。
彼が無表情のまま、エルネストの腕をつかむと、二人の姿は消えた。
拠点かそれに通じる隠し部屋に瞬間移動をしたに違いない。
連絡回廊に残ったカイルは、隣のファーレンシアを伺いみた。
「……ファーレンシア」
「はい?」
「……なぜ女性心理に理解が深いの?」
「私は女性ですが……」
「……いや、そういう意味ではなく……」
「別にカイル様の行動による知見では、ありませんよ」
死刑を免れた囚人並みに、カイルは安堵した。その露骨な反応に少女は小さな笑いを漏らした。
「侍女達です」
「はい?」
「日頃、侍女から聞かされる恋人、片想いの相手、夫に対する愚痴と不満の集大成です」
「………………」
「私は耳年増なんです」
悪戯っ子のように笑う少女は、いつものファーレンシアだった。




