(20)宴⑨
あの時のファーレンシアの心情を知って、カイルは驚いた。カイルも誤解したファーレンシアに会えず心悩ませた時期があった。
そこまで想ってくれていた事実を嬉しく思うと同時に焦った。
歌姫の絵の件が未だに尾をひいている。
全ては、トゥーラがファーレンシアに絵をもちこんだことに端を発する。
カイルは傍のウールヴェに文句を言った。
「お前のせいだぞ」
――あどりー のせい だよ
トゥーラは、即エルネストに責をなすりつけた。こちらも射掛けられた恨みがあるらしい。
「そのウールヴェは思念を発するのか」
トゥーラの言葉に反応したのはアードゥルだった。
「私がそう説明したじゃないか」
「自分で確認するまでは信じない主義だ」
「人に水まで降らして生意気なことを言うんだぞ」
「それは自業自得だろう。むしろ君へ水をぶっかける方法は伝授を請いたいぐらいだ」
「水をぶっかける以上に物を壊しているだろうに」
二人の私生活が滲み出るようなやり取りに、カイルは首を傾げた。
「あの……常々不思議だったんだけど、貴方達って仲がいいの?仲が悪いの?」
「「仲が悪い」」
綺麗なハモった即答だった。
カイルは「仲が悪い」の定義とはなんだろうか、と哲学的な疑問を抱いた。
「えっと……ウールヴェはそういうものではないの?四つ目は?」
カイルは研究者としての好奇心に負けて禁断に近い質問をしたが、意外にもアードゥルは答えた。
「四つ目に会話が成立するほどの知性はない」
カイルは意見を求めて、エルネストを見たが、エルネストは肩をすくめた。
「私は四つ目を扱えないから知らないよ」
「支援追跡者になれるほどの精神感応力を持っていても?」
「四つ目のコントロールは、支配者の意志の強さではないかと推察する。アードゥルをサンプルとするならだが」
「人をサンプル扱いするな」
アードゥルが不機嫌に突っ込む。
「ウールヴェは?貴方は黒いウールヴェを持っているよね」
「伝言は伝えるが、己の考えを述べるほどじゃない。我々は喋るウールヴェ久しく見なかった」
「久しく?」
わずかにアードゥルとエルネストは視線をかわした。答えたのはエルネストだった。
「我々が見たのは姫巫女の精霊獣だ」
「姫巫女のウールヴェ?」
「初代エトゥール王の伴侶である精霊の姫巫女ですね」
ファーレンシアが察した。
「確かに彼女と精霊獣の寓話は多数残されています」
「そのウールヴェは喋ることができた?」
「できた」
「知能は?」
「あった」
「姿は?」
「そのウールヴェに似ている」
「四つ足の白い獣姿ってこと?」
「それより大きいが」
四人はいっせいにトゥーラを見た。
トゥーラは何も語らない。ウールヴェはいつになく、沈黙を守っていた。
「もしかして――」
「君の語った恒星間天体の進路を変える方法を提案した知恵のあるウールヴェは、姫巫女の精霊獣かそれに縁がある存在ではないか、と我々は考えた」
エルネストは静かに告げる。
「以前提案した通り、我々が協力するなら、例のウールヴェとの対話が条件だ」
「我々?」
「私とアードゥル」
弾かれたようにカイルはアードゥルを見た。
「でも――」
「私がウールヴェを害する可能性についての担保だな?」
アードゥルは鋭かった。
「西の地の占者はどうだ?」
「占者?」
「今日、お前がここまで来たのは、この会合に危険がないと占者が保証したからだろう?」
「よく、わかるね」
「お前は危険な場所に婚約者を連れてくる馬鹿か?」
アードゥルは冷たい視線を投げてきたが、「そういえば、大馬鹿だったな」と自己完結していた。
「困りました。この客人に対して婚約者に対する不敬を咎める権限を持っていません」
本気で憂えた溜息をファーレンシアはついた。
「彼は誰に対しても、こういう不敬な態度ですよ。慣れていただくしかありません、エル・エトゥール」
「慣れるものでしょうか?」
「私は慣れました。500年かかりましたが」
「私の寿命がつきます」
アードゥルはエルネストを睨んだ。
「私とアードゥルが不仲なのを理解したか?」
アードゥルがカイルに同意を求めてきた。




