(19)宴⑧
お待たせしました。週末の更新はこれぐらいの時間になります。
では、お楽しみください。
「毎回だ」
「いったい何の賭を」
「君のこととか、君のこととか、君のことだ」
「はい?」
カイルは耳を疑った。
「アードゥルは面白いくらい天邪鬼なんだ。ことごとく、逆張りして負けを稼いでいる」
「待ってよ。僕の何のネタで賭をしているの?」
「今回は、君がここに来るか、だったな」
カイルは内容をきいて愕然とした。ナーヤが言わなければ、知らぬ間に勝敗は決していた。
「……貴方は来ると賭けて、アードゥルは来ないに賭けたとか?」
「そう」
「……まさか婚約の儀の時も賭けていた?」
「もちろん」
「……婚約の儀のネタは?」
「『地上の人間と婚約する馬鹿はいない。何か裏がある』これがアードゥルの主張だ」
「……貴方は『地上の人間と婚約する馬鹿がいる』に賭けたということ?」
「もちろんだ」
「……拠点で再会したときは、そんな賭をしているとは、一言も言わなかったじゃないか」
「言う必要があるだろうか?」
ぷっと噴き出したのは、隣にいるファーレンシアだった。彼女は婚約の儀を賭にしていることを怒るべき人物だったが、口元を隠し、俯き気味に肩を震わせていた。
「ファーレンシア、君は怒るべきだよ?」
「カイル様もですよね?なぜ、お怒りになられないのですか?」
「とんでもなく癖のある初代達への対応を持て余しているんだよ」
「ええ、それがとても理解できましたので。ただ元アドリー辺境伯に関しては、柱の陰の御方もよく持て余していらっしゃるのではないでしょうか」
ファーレンシアの言葉に、石柱からアードゥルが姿を現した。
ファーレンシアは今度は臣下ではなく、客人に対する会釈をした。
アードゥルの反応はなかった。彼は顔をしかめたままだった。
「ファーレンシア?」
「はい」
「どうしてエルネストとアードゥルに対して、礼が違うの?」
「エルネスト・ルフテールは、出奔して行方不明となったとは言え、メレ・エトゥールの臣下です。地位を捨て、初代だったとはいえ、それ以上でもそれ以下でもありません」
「アードゥルは?」
「初対面の客人です」
「僕の腹に穴を空けたのは彼だよ?」
「存じております。カイル様の描いた絵と瓜二つで、あらためてカイル様の画力にも驚いていますけど」
「でも、エルネストより上の客人扱い?」
「腹に穴をあけたカイル様がその行為を許し、面会している今、未来の妻である私がとやかく言う過去ではなくなりました」
「別にこちらは許しを請うつもりもない」
不遜な態度でアードゥルは低い声で告げる。
ファーレンシアは微笑を浮かべた。
「婚約の儀も御前試合も混乱に陥れることもできたのに、しなかった。そのことに感謝をしています」
エルネストがふと尋ねてきた。
「エル・エトゥール、私に対してと違ってずいぶんと甘やかした対応に感じられますが、私はどの点でアードゥルより不興を買ったのでしょうか?」
「まあ、ばれてしまいましたか、エルネスト・ルフテール」
少女は不興を買っていた事実を否定しなかった。
「はあ、ただ私に心当たりはありませんが」
「エルネスト・ルフテールには申し訳ないのだけど、極めて個人的な逆恨みですわ」
「逆恨み?」
「ええ、でもあの時の心情を思い出すと、未だに心穏やかになれませんの」
「それはいつ頃?」
「貴方は、ウールヴェのトゥーラに矢を射かけました」
「ああ、そのことで不興を買いましたか」
「正確には違います」
「は?」
「その後、カイル様の思い人が歌姫であり、夜這いをかけたという噂がエトゥール城を駆け巡りましたの」
「……………………」
「……………………」
男二人は同時にカイルを見た。
「「何がどうしたら、そういう噂になるんだっ?!」」
「僕に聞かないでっ!!」
「だから、逆恨みと申しているではありませんか」
ほほほ、と口元に手を添え笑うファーレンシアは十代半ばに見えない、大人びたまぎれもない生粋の貴族の令嬢だった。目は笑ってなかった。
「数日、まったく眠れずに心を悩ませたことについての、逆恨みですわ。貴方がウールヴェのトゥーラを射なければ、そんなことにならなかったのにと思うと腹立たしいだけです」




