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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第16章 精霊の恩恵
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(18)宴⑦

 カイルが何も言わないうちに、トゥーラは皆の前で大きくなり、ファーレンシアが乗りやすいように彼女の前で身をかがめた。

 ファーレンシアが躊躇(ためら)うことなくウールヴェの背に横座りした。(あきら)めたカイルがその前にしふしぶ乗り込んで、自分の腰にファーレンシアの手をまわさせた。


「お忍びの予行練習ですね」

「僕はそんな気になれない」

「カイル様」

「うん?」

「ごめんなさい」

「君はズルいな、ファーレンシア。君が謝れば、僕は許すしかないじゃないか」

「はい、知ってます」


 カイルは首をめぐらせて、背後に座るファーレンシアの顔を見た。少女は少し頬を染めていたが、自分の我儘(わがまま)を通したことに満足そうな顔をしていた。


 彼女はカイルの将来の伴侶として行動を選択しているのだ。そこにはカイルに対しての想いがあり、カイルに強く伝わってきた。


「……やっぱりズルい」


 カイルは溜息をつき、ウールヴェを空間に跳躍(ちょうやく)させた。






 ウールヴェは城壁の連絡回廊に踊り出た。

 カイル達が降り立つと、トゥーラはいつもの大きさに戻った。


 城壁に沿って設けられている連絡回廊は、開口部からの光と太い石柱の影がコンストラストを生み出し、モノトーンの世界を展開させていた。


 彼等がどこにいるのか、はっきりとわかったので、カイルはファーレンシアと共に歩いて行った。


 途中、城壁の見張りの兵達は昏倒(こんとう)していた。カイルは彼等の脈をとり、生存していることを確認した。

 アドリーの城壁の見張り位置を熟知している元辺境伯には、彼等の意識を奪うことなど容易かったことだろう。


「エルネスト、アードゥル」


カイルが前方の回廊の柱影に呼びかけた。


「御前試合が終わってもいるのは、僕に用かな?」


 カイルの言葉に人影が現れた。

 フードを被った黒い外套(がいとう)姿のエルネストだった。


「何も見張兵の意識を奪わなくても、貴方なら気配を消すのはお茶の子さいさいでしょ?」

「出奔した辺境伯が闊歩(かっぽ)していた目撃情報が横行したら困るのはそちらだろう」

「僕は暫定辺境伯だから、いつでも貴方に爵位(しゃくい)をお返しするよ」

「エル・エトゥールと婚約破棄になっても?」

「――」


 痛いところを突かれ、ぐっ、とカイルは唇を噛み締めた。


「大丈夫です。その時は駆け落ちをする予定です」


 そう答えたのは驚くべきことに、ファーレンシアだった。


「前例もあることですし、社交会に斬新な話題を提供するのが、子供の頃からの夢でした」


 ファーレンシアはにっこりと応じる。

 姫の割り込みにエルネストは片眉をあげたが、エトゥールの正式な礼を返してきた。右手を胸にあて、90度の礼だった。


「エル・エトゥール」

「エルネスト・ルフテール」


 それに対して、ファーレンシアはドレスをつまみあげ、わずかに膝をおる簡略な礼だった。完全に臣下扱いだった。


「エル・エトゥールがご一緒だとは驚きです」

「アドリー辺境伯の婚約者として、元辺境伯にご挨拶する必要を感じましたの」

「婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます。婚約の儀に出席していただけなく、残念に思います」


 社交辞令でありながら、ピリッとした皮肉をおりまぜるファーレンシアにカイルは驚いた。

 それはエルネストも同様だったようだ。


「いつになく、厳しいお言葉ですね?」

「私の婚約者に対する不敬は許しません」


 微笑みながらも、ファーレンシアははっきりと口にした。


「以後、気をつけましょう」


 エルネストが譲歩したところで、カイルは告げた。


「西の地の占者(せんじゃ)からの伝言だよ。賭は貴方の勝ちだって」


 鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてから、エルネストは大笑いを始めた。

 カイルとファーレンシアは、その反応に戸惑った。

 エルネストは腹を押さえ込んで、笑いに耐えていた。


「いやいや、さすが占者(せんじゃ)だ。ありがとう、私の勝ちを宣言してくれて。なかなか負けを認めない頑固者がいて、毎回、手を焼いている」

「毎回?」

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