(16)宴⑤
「ほら、シルビアが長衣の下に着ているスラックス」
「ああ」
ファーレンシアは目を輝かせてみせた。
「あの動きやすい服ですね。常々うらやましく思っておりました」
「あれは疲れにくいし、汚れないから外出着にいいと思う。他に機能もあるし」
「機能ですか?」
「うん、ある程度の衝撃から身を守れる。第一兵団の鎧なみには」
「手に入りますか?」
「探してみよう。フード付きの外套もいるな」
「はい」
ファーレンシアは口元に手をあてて笑った。
「計画しているだけでも楽しいです」
「本当?」
「はい」
「街でやりたいことはある?」
ファーレンシアは少し頬を染めた。
「……手を……」
「手?」
「……手を繋いで……街を歩いてみたいです」
なんとも可愛い願望で、カイルの方が照れた。
監禁事件からまだ体調が万全ではない西の民の長は途中で席を辞した。すると、すぐにナーヤが残っているエトゥールの王族とメレ・アイフェス達を呼び寄せた。
慣れた様子でいつもと変わらない口調で指示を与えた。
「若長、お主はお嬢をつれて、周辺を一周してこい。本日の主役が姿を現さず、皆が待ちわびている。このままだと、暴動が起きる」
「暴動?!」
カイルはナーヤの先見にギョッとした。冗談ではないらしく、ハーレイは頷いて同意した。
「そうだな。イーレ」
ハーレイは軽々と隣に座っていたイーレを肩にのせた。
「ちょっと、ハーレイ?!」
「すまん、これも風習だ」
「なんでもかんでも風習と言えば、言うことをきくと思ったら、大間違いよ?」
「じゃあ、利子だな」
「利子?」
「ここまで、手合せを焦らされたんだ。利子として、付き合ってもらおうか」
「……………………」
ハーレイはすっかりイーレを御することが上手くなっていた。カイルはやや呆れた視線をイーレに投げた。
「イーレ、あと何回分の空手形を発行しているの?」
「……………………」
「残りの手合せは7回だ」
ハーレイが答える。
「10回以下とは、びっくりだ」
愛弟子のサイラスがつぶやくのをカイルは聞き逃さなかった。
「サイラス、それ、どういう意味?」
「俺、昔、鍛錬再挑戦の空手形を大量に発行された」
「似たような感じで?」
「まさにこんな感じで」
「夫婦喧嘩も手合せにカウントすればいい」
とんでもないことを言うのは、メレ・エトゥールだった。
「メレ・エトゥール」
「確実に手形を消化できる」
「それはいい考えじゃ。公開夫婦喧嘩にしたら、見学人からウールヴェの肉を徴収じゃな」
ナーヤ婆がさらにとんでもないことを言った。
「……………………」
「いい案だ」
「よくないわよ。貴方、手合せのためなら夫婦喧嘩に誘導するでしょ」
「バレた」
「夫婦喧嘩を始める前に行ってこい。祝儀の回収を忘れるな」
ハーレイは頷いて、肩にイーレを乗せたまま天幕から出て行った。
「お婆様、祝儀って?」
「嫁取りの試合に感動した輩は、祝儀をくれるのさ。あの夫婦は間違いなく西の民一番の金持ちになれる」
「……西の地はあの夫婦のせいで、破産しない?」
「さあ」
カイルの問いかけにナーヤ婆が否定をせずに、メレ・エトゥールの空いた盃に麦酒をつぐ。
「で、占者殿、我々を集めたということは、大災厄がらみだな?」
「さすが、精霊の国の王は聡いのう」
ケラケラとナーヤ婆は笑う。
「まずは、アドリーの若領主よ、お前に客人達がきている」
不思議とカイルに対して遠回しな言い方をした。
「客人達?」
「お前のウールヴェを連れてあってこい。害意はない」
はっとしてカイルは息を飲んだ。メレ・エトゥールも悟ったらしい。
「巡回の兵が役立たずとは、いささか問題だな」
「どういう意味です?」
シルビアがメレ・エトゥールに尋ねる。




