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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第16章 精霊の恩恵
528/1015

(12)宴①

 御前試合が終われば、当然、次は(うたげ)だった。西の民によって、準備が手際よく行われていた。

 アドリーからメレ・エトゥールが用意した麦酒(エール)樽が大量に運び込まれると、会場は沸いた。準備の勢いに拍車がかかる。

 

 そんな賑わいの中、カイルは困り果てていた。その困った問題とは、本日の主役の一人が天幕に引きこもっていたことだ。


「イーレは大丈夫?」


 天幕を訪れたカイルはシルビアにたずねた。敷布が敷かれ、盛り上がった毛布があった。引きこもってしまったイーレである。


「大丈夫ですよ。怪我(けが)もありません」

「でも――」


 本人は潜り込んで顔を見せようとしなかった。


「解説するなら、大きなストレスがかかり、対応できず、安心できる場所を求めて引きこもる子供の反応と同じです」


 念のため、カイルは確認した。


「負けたストレス?」

「違います」

「愛用の長棍を折られたストレス?」

「違います」

「やっぱり、アレ?」

「アレです」


 シルビアが(うなず)いた。


「全く予想できなかったこと。若長の強引な行為に驚いたこと。その強引な行為に一切抵抗出来なかったこと。とどめに失神してしまったことで、彼女は混乱状態です」

「そんな解説しないでちょうだいっ!!」


 顔を真っ赤にして、イーレが跳ね起きた。


「現実逃避しても、問題は解決しませんよ」


 主治医は手厳しかった。シルビアの容赦(ようしゃ)ない言葉に、イーレは再び亀のように毛布に引きこもってしまった。


「イーレ?」

「………………」

「もうすぐ宴会が始まるけど、主役がこもっていると皆が誤解する。若長との結婚が嫌なのか、と。あと心配もしている。怪我をしたのではないか、と」

「………………わかっているわよ」


 くぐもった声がするが、本人はまだ引きこもっていた。

 なんとかならない?――とカイルがシルビアに目線で問いかけると、シルビアは意外なことにまかせろと言わんばかりに頷いた。


「カイル、実は懸念(けねん)事項があるのです」

「うん?」

「イーレの身体はかなりの高さを跳ね上がりましたよね」

「うん、びっくりした」

「あのまま、地面に激突してたらイーレも怪我を免れませんでしたよね」

「僕も焦った」

「その運動エネルギーを受けたハーレイ様がちょっと心配で……肋骨の1本や2本折れているような気がするのですが――」

「!」

「!!!!!」


 引きこもりの亀がすごい勢いで跳ね起きて、ダッシュで若長を探しにいった。






「折れてますね」

「ああ、そんな気がした」


 顔色を変えずにハーレイはシルビアの診察結果を受け入れた。


「治療をしてよろしいですか?」

「短時間で済むなら。何せ今から祭りのようなものだ」

「5分ほど、いただければ」

「治療後、麦酒(エール)は飲めるか?」

「――心配なさる点はそこですか?」

「もちろんだ。怪我で酒が飲めないのは、やや不名誉だ」

「飲酒可能な治療にしますが、そのかわり痛みは消えませんよ?」

「ああ、大丈夫だ」


 シルビアは応急処置を始めた。見守っていたイーレとカイルの方が青ざめた。この処置だけでも、かなりの激痛をともなうはずだった。

 だが、ハーレイは一瞬だけ、顔をゆがめただけだった。

 カイルは唖然とした。


「痛くないの?」

「いや、痛かったぞ。だが、腹で剣を受けとめるほどの痛みじゃない」


 東国でのカイルの怪我を引き合いに出され、カイルは呻いた。ナーヤ婆と一緒で、ハーレイも鍛錬(たんれん)したカイルのあの戦法を許せなかったようだ。今でもチクチクと皮肉を忘れない。


「ごめんなさい」


 怪我をさせたことをイーレは詫びた。


「手合せ中のことに詫びは不要だ。そういう話だっただろう?」

「そうね……でも風習のことを黙っていることないでしょう?!!」

「先に(しゃべ)って手合せに影響するのが嫌だっただけだ」

「影響するわけないでしょ!!」


 ハーレイはイーレの虚勢(きょせい)逆手(さかて)をとった。


「よかった。それで機嫌を損なってないか、心配だったんだ」

「――!!」


 イーレは墓穴を掘って、文句が言えなくなった。


 見事だ――カイルとシルビアは、若長の手法に感心をした。


「長棍も折ってしまったしな」


 ハーレイは丁寧に布で包まれた折れた長棍をイーレに差し出した。


「ああ、これは心配ないわ」


 イーレは受けとると、折れて2本になった棍を無造作に折れ口で繋げた。赤い熱が発生して、繋ぎ目がしばらく輝くと、元の長棍に戻った。

 その現象にハーレイの方が驚いた。

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