(12)宴①
御前試合が終われば、当然、次は宴だった。西の民によって、準備が手際よく行われていた。
アドリーからメレ・エトゥールが用意した麦酒樽が大量に運び込まれると、会場は沸いた。準備の勢いに拍車がかかる。
そんな賑わいの中、カイルは困り果てていた。その困った問題とは、本日の主役の一人が天幕に引きこもっていたことだ。
「イーレは大丈夫?」
天幕を訪れたカイルはシルビアにたずねた。敷布が敷かれ、盛り上がった毛布があった。引きこもってしまったイーレである。
「大丈夫ですよ。怪我もありません」
「でも――」
本人は潜り込んで顔を見せようとしなかった。
「解説するなら、大きなストレスがかかり、対応できず、安心できる場所を求めて引きこもる子供の反応と同じです」
念のため、カイルは確認した。
「負けたストレス?」
「違います」
「愛用の長棍を折られたストレス?」
「違います」
「やっぱり、アレ?」
「アレです」
シルビアが頷いた。
「全く予想できなかったこと。若長の強引な行為に驚いたこと。その強引な行為に一切抵抗出来なかったこと。とどめに失神してしまったことで、彼女は混乱状態です」
「そんな解説しないでちょうだいっ!!」
顔を真っ赤にして、イーレが跳ね起きた。
「現実逃避しても、問題は解決しませんよ」
主治医は手厳しかった。シルビアの容赦ない言葉に、イーレは再び亀のように毛布に引きこもってしまった。
「イーレ?」
「………………」
「もうすぐ宴会が始まるけど、主役がこもっていると皆が誤解する。若長との結婚が嫌なのか、と。あと心配もしている。怪我をしたのではないか、と」
「………………わかっているわよ」
くぐもった声がするが、本人はまだ引きこもっていた。
なんとかならない?――とカイルがシルビアに目線で問いかけると、シルビアは意外なことにまかせろと言わんばかりに頷いた。
「カイル、実は懸念事項があるのです」
「うん?」
「イーレの身体はかなりの高さを跳ね上がりましたよね」
「うん、びっくりした」
「あのまま、地面に激突してたらイーレも怪我を免れませんでしたよね」
「僕も焦った」
「その運動エネルギーを受けたハーレイ様がちょっと心配で……肋骨の1本や2本折れているような気がするのですが――」
「!」
「!!!!!」
引きこもりの亀がすごい勢いで跳ね起きて、ダッシュで若長を探しにいった。
「折れてますね」
「ああ、そんな気がした」
顔色を変えずにハーレイはシルビアの診察結果を受け入れた。
「治療をしてよろしいですか?」
「短時間で済むなら。何せ今から祭りのようなものだ」
「5分ほど、いただければ」
「治療後、麦酒は飲めるか?」
「――心配なさる点はそこですか?」
「もちろんだ。怪我で酒が飲めないのは、やや不名誉だ」
「飲酒可能な治療にしますが、そのかわり痛みは消えませんよ?」
「ああ、大丈夫だ」
シルビアは応急処置を始めた。見守っていたイーレとカイルの方が青ざめた。この処置だけでも、かなりの激痛をともなうはずだった。
だが、ハーレイは一瞬だけ、顔をゆがめただけだった。
カイルは唖然とした。
「痛くないの?」
「いや、痛かったぞ。だが、腹で剣を受けとめるほどの痛みじゃない」
東国でのカイルの怪我を引き合いに出され、カイルは呻いた。ナーヤ婆と一緒で、ハーレイも鍛錬したカイルのあの戦法を許せなかったようだ。今でもチクチクと皮肉を忘れない。
「ごめんなさい」
怪我をさせたことをイーレは詫びた。
「手合せ中のことに詫びは不要だ。そういう話だっただろう?」
「そうね……でも風習のことを黙っていることないでしょう?!!」
「先に喋って手合せに影響するのが嫌だっただけだ」
「影響するわけないでしょ!!」
ハーレイはイーレの虚勢の逆手をとった。
「よかった。それで機嫌を損なってないか、心配だったんだ」
「――!!」
イーレは墓穴を掘って、文句が言えなくなった。
見事だ――カイルとシルビアは、若長の手法に感心をした。
「長棍も折ってしまったしな」
ハーレイは丁寧に布で包まれた折れた長棍をイーレに差し出した。
「ああ、これは心配ないわ」
イーレは受けとると、折れて2本になった棍を無造作に折れ口で繋げた。赤い熱が発生して、繋ぎ目がしばらく輝くと、元の長棍に戻った。
その現象にハーレイの方が驚いた。




