(9)御前試合⑨
遅くなりました。本日の更新です。
お楽しみください。
ハーレイは今、楽しくてしょうがなかった。
拮抗した実力の持ち主がいないため、氏族の中では指導役に回ることが多かった。補佐役のヌアなどは、ハーレイの指導で技術に磨きがかかったが、それでもハーレイには及ばなかった。
身体を鍛えることは、かかさなかったが、実践の練習相手に欠く現状は不満だった。もっともその頃は不満より復讐心に激っていたから、気づかなかったともいえた。
その復讐心をカイルが取り除いてしまうと、好敵手の不在という現実に気づいてしまった。若長という地位についてからの任に追われて、多忙に過ごしつつも繰り返される日常は、どこか退屈だった。
そこへある日、子供姿の導師が降臨した。
精霊の御使いであるはずの導師は、破天荒だった。12、3ぐらいの成人前の金髪、赤い瞳の外見で、その愛らしい外見からかけ離れた武芸の達人だったことも、ハーレイの周囲の人間も驚かせたし、魅了もした。
西の地の価値観は武芸に秀でているか、否か、それにつきた。
そこに前代未聞の女性の武闘家が現れたのだ。
イーレという導師がその価値観をことごとく粉砕していった。
最初はハーレイの氏族内の道楽であった手合せは、噂が噂を呼び、外の氏族まで呼び寄せた。そして全ての挑戦者を薙ぎ倒したのだ。
代表として和議を交わしたハーレイとの手合せをメレ・エトゥールは禁じてしまった。確かにどちらが負けても遺恨になりうるデリケートな時期があった。双方の国への和議の影響が読めなかったのが、理由でもあったのだろう。
西の民は政治的影響に無頓着であったが、エトゥールではそうはいかない。メレ・エトゥールの思惑は理解できた。
理解できたが――好敵手が目の前にいるのに、手合せが気軽にできないのは、大量の食事を目の前にしてお預けを食らうウールヴェのようだった。
それがようやく解禁になったのだ。
彼女の弟子であるサイラスと鍛錬したハーレイは、正確にイーレの実力を把握していた。
サイラスも強かった。
単独で野生のウールヴェを倒したというのは、嘘ではないだろう。彼が生み出した戦法で野生のウールヴェ狩りは格段に楽になって、その大量の肉は西の民の食生活を豊かなものにした。
導師達は西の地に変化をもたらした。
惜しげもなく、与えた井戸は、氏族間の争う理由を消失させた。西の地がまとめられつつあった。イーレの嫁取り挑戦は激化していたが、彼女自身が華麗にそれを阻止していた。ついでにウールヴェの肉という自分の欲望も満たしていた。
エトゥール王を迎えての御前試合は、いまや異様な盛り上がりを見せていた。
イーレがエトゥール王の庇護下にある賢者であることを、西の地に証明したし、ハーレイとの手合せを禁じていたのは、ハーレイの実力を恐れたからだ、との憶測をよんだ。
イーレの持参金代わりの土地は膨れあがり、誰も気づかないうちに大災厄時のエトゥールの民の避難所をエトゥールに与えていた。
それこそが、セオディア・メレ・エトゥールの狙いだろう。
誰も世界を救う為に、エトゥールが犠牲になることを知らない。
世界を救う選択をした賢王セオディア・メレ・エトゥールの前で試合ができるとは、誇るべき名誉だった。
「手加減したら承知しないわよ」
イーレは前日の夜に、ハーレイにそう言った。
「手を抜けば、この御前試合の名誉は地に堕ちる。エトゥールと西の地の友好にもヒビが入る。私はそんなために、貴方と手合せするわけではないのよ」
「わかっている。手抜きなど一切しない」
「精霊に誓える?」
「精霊に誓おう。そちらも手加減するなよ」
「当たり前でしょ。貴方が手加減できる安い存在じゃないわ。手加減したらこちらが吹き飛ぶわよ」
イーレの悪態に似た賞賛にハーレイは内心照れた。
強者の真の賞賛ほど西の民を喜ばせるものはない。彼女が知らないでやっているなら、カイル以上の人たらしだ、とハーレイは思った。




