(8)御前試合⑧
水場で争いが起こるような氏族同士の分裂状態で大災厄を迎えれば、争いは激化したに違いない。
和議があったとはいえ、エトゥールへの協力など、ままならなかっただろう。
――必要だから、飛ばした
世界の番人はそう言った。
そこまで未来を見つめ、干渉したというのだろうか。
世界の番人は何を見つめ、何を求めているのだろう。
大災厄後の文明の存続が、最終目的なのは確実だが、それ以外の意図をカイルにはよめなかった。
――エトゥールとファーレンシアには肩入れしているのは、わかるけど……
世界の番人の行為を肯定しそうになり、カイルは首を振った。その判断はまだ、早すぎる。
「頑固者め」
ナーヤがぼそりといい、心を読まれた事実にカイルはどきりとした。
剣戟の応酬は続いていた。双方とも相手の攻撃を受け止め、または華麗に避けていた。
二人の試合は決着はつかず、20分はあっというまに過ぎた。二人ともまだ余裕だった。10分の休憩時間に入ると声援と野次が飛んだ。
「イーレ、いいぞぉぉぉ。負けるなぁぁぁ」
「ハーレイ、くたばっちまえぇぇぇ」
「若長、とっとと負けろぉぉ」
「倒せないとは、軟弱者めぇぇ」
カイルは野次に呆れた。
「酷い野次だ」
「あれはイーレの嫁取り狙いの氏族だな」
ナーヤが解説する。
「西の地でやっているのにハーレイが完全に敵扱いじゃないか」
「まあ、そういうもんだ」
野次に対して、休憩場所に戻ろうとしていたハーレイが、挑発するハンドサインを出した。
『弱者』『黙ってろ』だった。
会場は爆笑と怒号につつまれる。
皆、過去の挑戦者達が1分程度で沈められたことを知っていた。20分戦いを継続させた若長ハーレイはその時点で賞賛に値したが、言われた方は屈辱だった。
「この野郎っ!!これが終わったら手合せだっ!!」
「お前なんか、イーレに負けちまえっ!!」
「◯▲××◾️!!!!」
翻訳しかねる下品な表現まで飛び交う。
西の地のハンドサインって、こんな使い方があるのか、奥が深い――と、カイルは一つ学んだ。
「強者の特権じゃのう。お前さんは使うなよ?」
ナーヤが釘をさした。
「氏族間で戦争が起きるレベルの挑発じゃ」
「――!!」
西の地、怖い。カイルはガタガタ震えた。
「イーレ様ぁぁぁ!!」
「賢者様ぁぁ!!」
「素敵ぃぃぃ!」
「お願い、負けてぇぇぇ」
黄色い声援が入るが、こちらはなぜかイーレの負けを願っている。
「?!?!」
「あれはうちの氏族の女共だ」
「なんで、イーレの負けを期待するわけ?若長の嫁とは、女性にとって本来ライバルみたいなものでは?」
「それでもイーレに若長の嫁になってほしいからじゃ」
「なぜ?」
「西の地が男尊女卑であることは、気づいていたか?」
「まあ、うすうすは……」
「悪き慣習じゃ。氏族同士の争いは、男共の力の差分で決着し、負けた氏族の女は、相手に戦利品として奪われる。力の弱い者の権利は認められん。占者や長の嫁以外の女の発言権などなきに等しいよ」
「――」
「そこへ、馬鹿な男共を薙ぎ倒す女の賢者が来たんだ。若長と対等な、いやそれ以上の存在だ」
ナーヤは楽しそうに笑う。
「虐げられていた女達の救世主にも等しいよ。おまけに人格者だ」
「人格者かなあ?僕は年齢に関して殴られるし、サイラスにはパワハラをしているよ」
「ぱわはらとは、なんじゃ?」
「地位や権力を利用した嫌がらせや横暴」
「そんなもん、西の地では日常茶飯事じゃ」
「うわ…………」
「イーレが若長の嫁になったら、楽しみじゃ。少なくとも女の地位はあがる」
「ナーヤお婆様、楽しそうだね……」
「お前さん、わたしゃ女だが、忘れてないかね?」
「そういえば、そうだった」
カイルは木盆で軽く叩かれた。




