(5)御前試合⑤
「難易度が高いって何?」
「世界の番人に心を開くことじゃ」
それを聞いたとたんカイルは大量の毛虫を見たような、げんなりとした表情を浮かべた。ナーヤはその反応を予想していたようだった。
「……本当にそれが必要なの?」
「必要だ。だから難易度が高いって言ったじゃろ?おまえも頑固だからな」
「……別に頑固なわけでは」
「筋金入りの頑固じゃろ」
「――」
ナーヤはカイルの顔をしばし見つめ、呆れたように呟いた。
「なんじゃ、エトゥールの姫と世界の番人の絆に妬いているのか?」
「違うっ!」
カイルは慌てて否定した。
「だが、エトゥールの姫が絡んでいるじゃろ」
「……………………」
カイルは深い溜息をついた。占者に隠し通すことは難しい。彼はぽつりと本音をもらした。
「ファーレンシアは、世界の番人のせいで、身体が弱かった。大事な審神者なのに、遮蔽も教えなかった世界の番人が腹立たしいし、許せない」
カイルの言葉に、片眉をあげるとリルに向かって言った。
「ここに悪い見本がある。惚れすぎて、エトゥールの姫が世界の中心になっておる。こういうのは、よくない。覚えておき」
「子供相手に何を教えているの?!」
カイルが真っ赤になって抗議する。リルは何杯目かの果汁を飲みながら冷静に答えた。
「でもお婆様、あたし、カイル様の気持ちはわかるなあ。あたしの世界の中心はサイラスだもん」
「なんじゃ、お前さんも手遅れか。ほんに、メレ・アイフェスは人たらしの集団じゃな」
「あ、それ、あたしも思った。ファーレンシア様なんて、カイル様にベタ惚れだよ?」
「ほうほう」
「当事者の前で、やめてくれっ!!」
カイルの猛烈な静止に、ナーヤはクコ茶を啜った。
「仕方ない。メレ・アイフェスがこう言ってるから、続きは本人のいないところでだ」
「はーい」
素直にリルは返事をする。それから彼女は少し首を傾げる。
「お婆様、審神者なんだよね?」
「そうじゃ」
「どうしてファーレンシア様は病弱で、お婆様は健康なの?」
リルの質問にカイルは、ハッとした。もっともな疑問だったが、カイルはその点に思い当たらなかった。
「そういえば、そうだ。お婆様、なんで?」
「そりゃあ、あたしが西の民だからさ」
「意味がよく……」
「西の民は、子供の頃に狩の基本を叩きこまれる。弓矢、石投げ、森の歩き方、四つ目や獲物に対しての気配の消し方――」
「…………遮蔽」
「そうじゃ、誰に加護が現れようとも、基本は伝授される。それが西の民の強みじゃ。エトゥールではいつのまにか、その伝授が途絶えた。代々、エトゥールの審神者の姫が短命なのはそのためだ」
「――」
「お前が審神者になれば、姫の負担も減るというのに、この頑固者が」
「……ファーレンシアの負担が減るなら、前向きに考える」
ファーレンシアの健康が絡むと知って、ころりと態度を変えたカイルに、ナーヤは半眼になった。
「世界の番人が言った通りじゃのう」
「世界の番人がなんと言ったって?」
「お前を御するには、エトゥールの姫を持ち出すといい、と」
「そういうことを言うから、アイツが嫌いなんだよっ!!」
カイルの暴言は、ナーヤの木盆の顔面直撃で制裁された。
痛みに顔を抑えるカイルにナーヤは叱責した。
「学習能力がないとも言っていたな。西の地では世界の番人に対する不敬はあたしが許さぬ。いい加減覚えろ」
リルが床に転がる木盆を拾いあげ、ナーヤに差し出した。
「お婆様、すごい。その木盆投げ、あたしもマスターしたい」
「伝授してやるぞ」
「やったー」
リルのおねだりで殺伐とした空気は緩和された。泣く子も黙るナーヤ婆と言われつつも、どうやら子供には甘いらしい。
「お嬢の弟子と同行でいいから、この子をちょくちょく西の地によこしな」
ナーヤはカイルに命じた。
「貿易のため?」
「それもあるが、これからは先の読めぬ動乱の時代になる。護身を覚えさせた方がよい」
カイルは驚きの声をあげた。
「先が読めない?お婆様の先見ができないというの?嘘でしょ?」
「……お前はあたしをなんだと思っているんじゃ」
はあ……と、ナーヤが息をつく。




