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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第16章 精霊の恩恵
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(4)御前試合④

 カイルはハーレイ側の天幕(テント)群を見つめ、そのうちの一つがナーヤのものだと、気配を感じとった。


「ナーヤお婆様、少し休ませてくれないかなあ?」


 ナーヤなら少しの間、休ませてくれるだろうと、サイラスを肩に背負ったまま天幕をくぐり、中を見たカイルは絶句した。


 ナーヤは天幕の中に一人でいた。

 簡易の組み立て囲炉裏(いろり)で茶を沸かしている光景もいつものことだ。

 だが、明らかに怪我人を寝かせるための毛布と(まくら)、クコ茶と子供用の果汁椀があるのを見て、カイルは立ち尽くした。


「……お婆様、どういう先見を見たの?」

「お前が、お嬢の愛弟子(まなでし)人事不省(じんじふせい)の状態で連れてくるところじゃ。間違ってないじゃろ?」


 びっくりまなこのリルがぴたりとカイルにしがみついてきた。


「間違ってないけど……サイラス達が移動を決意したのは、さっきだよ?」

「その養い子がいざとなったらお前を頼ろうと決意したのは、だいぶ前じゃ」


 言葉が通じているのか、リルはますます驚いてカイルの陰に隠れた。


「リル、ナーヤ婆様の言葉がわかるんだね?西の民の言語だけど」

「う、うん」

「加護に目覚めているからか……リル、こちらはナーヤ婆様、ハーレイの氏族の占者(せんじゃ)をしている」

「はじめまして、リルです。あの……サイラスの養い子……です」


 リルは洗練した王族に対するエトゥール流儀の礼をした。ファーレンシア並みに優雅な作法にカイルは驚いた。


「リル、ずいぶん勉強したんだね?すごいぞ」


 カイルの()め言葉にリルは頬を染めた。


「賢い子じゃな。次世代の賢者だな」


 カイルはサイラスを寝かせると、とりあえず毛布をかけてやる。

 試合開始までまだ半刻以上あった。

 その枕元には、傷薬と打撲箇所を冷やすための濡れた布まであり、カイルは何とも言えない気分に陥った。リルと一緒に簡単な手当てをサイラスに施すと、カイルはナーヤを振り返った。


「木盆が直撃するまで先見した?」

「盆投げを伝授したのは、あたしじゃ」

「……そういえば、そんなことをイーレが言ってたなあ」

(まと)の犠牲者は愛弟子(まなでし)とお前だ」

「僕、まだ木盆の洗礼を受けてないよ?!!」

「おっと……口を(すべ)らせた……」


 ヒヒヒと笑いながら、ナーヤ婆は言う。

 将来的にイーレの盆投げの的になることを宣言されたカイルは身をすくませた。死刑宣告にも等しい。

 カイルは困惑しながら、用意された席にリルとともに腰を下ろした。

 ナーヤに勧められて果汁の(わん)に口をつけたリルは驚いた。


「美味しいっ!!初めて飲むっ!!」

「西の地独自の果物汁じゃ」

「これ――」

「商売したけりゃ、若長に相談しな」


 リルは、激しく頷きながら、果汁を飲み干した。

 カイルは疑いの眼差しをナーヤに向けた。


「ナーヤお婆様、まさか、西の地の貿易のため、この果物汁を最初から用意してないよね?」

「お前もずいぶん賢くなったなあ」

「否定しないし……」

「カイル様、どういうこと?」


 リルが果汁のおかわりをもらいながら、不思議そうにたずねる。


「お婆様は、リルが果汁に夢中になって、商売する未来が見えたってことだよ」

「当たってる!!これ美味しいもん!あー、日持ちの問題はあるかなあ。腐っちゃう」

「シルビアかクトリに相談するといいよ。いくつか腐敗防止の技術を持っている」

「カイル様、ありがとう!ナーヤお婆様――」


 リルは商売人として目を光らせて、ナーヤを見つめた。


「まだ商売になりそうなものをご存知ですね」

「山ほどあるとも」


 ナーヤも目を光らせ、ニヤリと笑ってみせる。

 悪戯をたくらむように、ふっふっふっと笑いあう姿は、祖母と孫――下手をしたら曾孫(ひまご)――のように見えた。


 カイルは呆れたように二人を見たが、リルの商人としての才覚はエトゥールに必ず利益をもたらすので、黙って放置することに決めた。ナーヤ婆もリルとの対話を望んだということは、西の地のメリットがあるということだ。


「本当にお婆様の先見は規格外ですごいね。僕は弟子入りしたいよ」

「弟子入りしたいなら――」

「西の地に永住なんでしょ?」

「いや、お前さんにとって、もっと難易度の高いことがある」


 ナーヤ婆はクコ茶を(すすり)りながら言った。


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