(4)御前試合④
カイルはハーレイ側の天幕群を見つめ、そのうちの一つがナーヤのものだと、気配を感じとった。
「ナーヤお婆様、少し休ませてくれないかなあ?」
ナーヤなら少しの間、休ませてくれるだろうと、サイラスを肩に背負ったまま天幕をくぐり、中を見たカイルは絶句した。
ナーヤは天幕の中に一人でいた。
簡易の組み立て囲炉裏で茶を沸かしている光景もいつものことだ。
だが、明らかに怪我人を寝かせるための毛布と枕、クコ茶と子供用の果汁椀があるのを見て、カイルは立ち尽くした。
「……お婆様、どういう先見を見たの?」
「お前が、お嬢の愛弟子を人事不省の状態で連れてくるところじゃ。間違ってないじゃろ?」
びっくりまなこのリルがぴたりとカイルにしがみついてきた。
「間違ってないけど……サイラス達が移動を決意したのは、さっきだよ?」
「その養い子がいざとなったらお前を頼ろうと決意したのは、だいぶ前じゃ」
言葉が通じているのか、リルはますます驚いてカイルの陰に隠れた。
「リル、ナーヤ婆様の言葉がわかるんだね?西の民の言語だけど」
「う、うん」
「加護に目覚めているからか……リル、こちらはナーヤ婆様、ハーレイの氏族の占者をしている」
「はじめまして、リルです。あの……サイラスの養い子……です」
リルは洗練した王族に対するエトゥール流儀の礼をした。ファーレンシア並みに優雅な作法にカイルは驚いた。
「リル、ずいぶん勉強したんだね?すごいぞ」
カイルの褒め言葉にリルは頬を染めた。
「賢い子じゃな。次世代の賢者だな」
カイルはサイラスを寝かせると、とりあえず毛布をかけてやる。
試合開始までまだ半刻以上あった。
その枕元には、傷薬と打撲箇所を冷やすための濡れた布まであり、カイルは何とも言えない気分に陥った。リルと一緒に簡単な手当てをサイラスに施すと、カイルはナーヤを振り返った。
「木盆が直撃するまで先見した?」
「盆投げを伝授したのは、あたしじゃ」
「……そういえば、そんなことをイーレが言ってたなあ」
「的の犠牲者は愛弟子とお前だ」
「僕、まだ木盆の洗礼を受けてないよ?!!」
「おっと……口を滑らせた……」
ヒヒヒと笑いながら、ナーヤ婆は言う。
将来的にイーレの盆投げの的になることを宣言されたカイルは身をすくませた。死刑宣告にも等しい。
カイルは困惑しながら、用意された席にリルとともに腰を下ろした。
ナーヤに勧められて果汁の椀に口をつけたリルは驚いた。
「美味しいっ!!初めて飲むっ!!」
「西の地独自の果物汁じゃ」
「これ――」
「商売したけりゃ、若長に相談しな」
リルは、激しく頷きながら、果汁を飲み干した。
カイルは疑いの眼差しをナーヤに向けた。
「ナーヤお婆様、まさか、西の地の貿易のため、この果物汁を最初から用意してないよね?」
「お前もずいぶん賢くなったなあ」
「否定しないし……」
「カイル様、どういうこと?」
リルが果汁のおかわりをもらいながら、不思議そうにたずねる。
「お婆様は、リルが果汁に夢中になって、商売する未来が見えたってことだよ」
「当たってる!!これ美味しいもん!あー、日持ちの問題はあるかなあ。腐っちゃう」
「シルビアかクトリに相談するといいよ。いくつか腐敗防止の技術を持っている」
「カイル様、ありがとう!ナーヤお婆様――」
リルは商売人として目を光らせて、ナーヤを見つめた。
「まだ商売になりそうなものをご存知ですね」
「山ほどあるとも」
ナーヤも目を光らせ、ニヤリと笑ってみせる。
悪戯をたくらむように、ふっふっふっと笑いあう姿は、祖母と孫――下手をしたら曾孫――のように見えた。
カイルは呆れたように二人を見たが、リルの商人としての才覚はエトゥールに必ず利益をもたらすので、黙って放置することに決めた。ナーヤ婆もリルとの対話を望んだということは、西の地のメリットがあるということだ。
「本当にお婆様の先見は規格外ですごいね。僕は弟子入りしたいよ」
「弟子入りしたいなら――」
「西の地に永住なんでしょ?」
「いや、お前さんにとって、もっと難易度の高いことがある」
ナーヤ婆はクコ茶を啜りながら言った。




