(2)御前試合②
「では、私はハーレイ殿に賭けよう」
「損はさせない」
ハーレイはニヤリと笑って言った。
その言葉にメレ・エトゥールは専属護衛から金の入った皮袋を受け取って、金貨を1枚取り出して若長に預けた。
ハーレイは賭け札を交換しに行った。
「メレ・エトゥール、ハーレイに賭けたら、ハーレイが勝ったとき、エトゥール側の八百長を疑われないかなあ?」
カイルはメレ・エトゥールの選択に慌てた。
「若長は八百長を受け入れる御仁か?」
「そんなことは絶対にないけど」
「では大丈夫だ。カイル殿も賭けたらどうだ?」
カイルは首を振った。
「無事に終わるまで気が安まらない」
「意外に小心だな?」
「貴方が図太いんだよ」
メレ・エトゥールと賢者のやりとりに、控え立つ専属護衛達は笑いを耐え、肩を小刻みに震わせた。
――かいる 連れてきたよ
トゥーラが空間を跳躍して、現れた。
その背中にいるのは、サイラスと彼の養い子のリルだった。
「トゥーラ、お疲れ様。アイリから菓子をもらうといい」
カイルの言葉にトゥーラは尻尾を大振りした。
「メレ・エトゥール」
リルはトゥーラの背から降り立つとその場にいるメレ・エトゥールに正規の礼を優雅に自然な身のこなしでした。対照的にサイラスは不遜に軽く頭を下げただけだった。
「サイラス殿、リル嬢、よく来た。席はそちらに用意している」
メレ・エトゥールは天幕の中の座席を示す。シルビアとファーレンシアがすでに腰を下ろし談笑をしている。
サイラスはカイルを見つめてきた。カイルはそれだけで彼が何を求めているか察した。
「もちろん、好きな場所で見てもいいよ」
「そうさせてもらう」
無意識ともいえる動作で、サイラスは傍にいるリルを片腕に抱き上げた。
御前試合の会場の説明をするため、カイルはサイラス達を従えて天幕の外に出た。外は西の民で満ち溢れており、サイラスはその賑わいに眉をひそめた。
カイルが比較的すいているハーレイの陣営側を指差し、サイラスはそちらで見学することに同意した。
「カイル様、トゥーラのお迎え、ありがとう」
「ウールヴェの伝言をもらったとき、びっくりしたよ。まだエトゥールにいるなんて。てっきり移動装置で精霊の泉経由でこちらに向かっていると思い込んでいたから」
「サイラスが優柔不断なの」
養い子の訴えに、サイラスは反論した。
「別に行くか行かないか結論を出せなかっただけだ」
「それを優柔不断と言ってるの」
「来ない選択があったのかい?」
「――」
カイルの突っ込みにサイラスは黙り込んだ。解説したのは、リルだった。
「イーレ様が負ける姿を見たくないんだって」
「サイラスはイーレが負けると予想しているのか」
「言っただろう?イーレは強い男に弱いって」
「いや、あれは好みの男性の特徴の話だろう?」
「サイラスが言うには、相手に敬意を表して、体内チップを止めちゃうんだって」
カイルはギョッとした。リルが体内チップの件を認識していることも驚きだった。だが、それ以上にイーレがするであろう選択に驚いた。
「なんで、また……」
「疲労無効なんてインチキ技術の頂点じゃないか。イーレは対等にやり合うことを絶対に選ぶぜ?」
「……ありうるな」
カイルはイーレの控室がわりの小さな天幕を見た。
「試合前に会っておくかい?」
サイラスは頷いた。
「イーレ、入ってもいいかい?」
「どうぞ」
カイルが天幕の中に声をかけると、すぐ反応があった。
入口の布をあげ中に入ると、イーレは手にテーピングがわりの薄布を巻き付けているところだった。
イーレはカイルの背後に弟子とその養い子の姿を見ると、笑いを噛み殺した。
「遅いわね。どうせ、見たくないって、リルを困らせたんでしょ」
師匠の見事な見破りにサイラスは、カッと頬を染めた。
「なんで、わかるんだよ」
「何年、貴方の師匠をやっていると思っているのよ」
「イーレの年齢から比べれば、微々たる期間だろう」
禁句の返礼は木の盆だった。避ける間もなく、サイラスの顔面を直撃した。
「イーレ、投げ方がナーヤお婆様にそっくりだ」
「彼女に伝授してもらったわ」
「サイラスの動体視力を凌駕するなんて」
「師匠として当然でしょ」
何事もなかったように、イーレは準備を続ける。




