(59)閑話:メレ・エトゥール⑥
「私のウールヴェが、トゥーラ並みに成長してくれれば、かなり移動は楽になるだろうな。どうだ、トゥーラ?」
――うん 楽になる
「お前も一人より仲間と移動の方が楽しいだろう?」
――うん 楽しい
「主人が了承すれは、それも可能だ」
――本当?
中型犬の大きさになって、犬を装っているトゥーラがジッと期待に眼を輝かせて見つめてくる。
「メレ・エトゥール、卑怯なっ!!」
「何がだ?」
「僕のウールヴェを共犯に誘う道具に使わないでくれ!」
「立っている者は親でも使え、というならウールヴェを使ってもいいではないか」
「用法が微妙に違うっ!」
――だめなの?
トゥーラが首をかしげてきく。
犬のふりをしているので、愛らしさが加算され、おねだりが凶悪さを増していた。これを拒否したら外道といわんばかりのプレッシャーだった。
「カイル殿もまだ知らない街が多数あるだろう?」
「ううっ……」
「興味深い異文化の片鱗がそこに存在している」
「……」
「新しい発見もあるに違いない」
「……」
「失われる文化を記憶できるのはカイル殿だけだ」
「……」
「復興には必要不可欠な情報だ。そう思わないか?」
悪魔だ。悪魔がここにいる。
誘惑を巧みに大義名分に変換する悪魔――いや、魔王に違いない。
「……護衛も連れないでお忍びは危険だ」
カイルは最後の抵抗を試みた。
「私は剣技に自信があるし、ウールヴェが二匹になれば、戦闘力もあがるだろう?いざとなれば、空間を渡り逃げればいい。普通のお忍びよりはるかに安全だ」
「ううっ……」
「カイル殿が不安なら、ハーレイ殿に鍛えてもらえばいい」
「……」
「珍しい古書もあるかもしれないな」
カイルは悪魔に身売りした。
「まあ、メレ・エトゥール。予定よりお早い到着ですね?」
アドリーで到着を出迎えたシルビア達や専属護衛達の姿と言葉に、カイルは目を剥いた。
――予定よりお早い到着だって?
カイルは小声で隣に立つメレ・エトゥールに囁く。
「どういう小細工?」
「小細工も何も、用事をすませてからの移動になるから到着は夜になる、とウールヴェで伝言を飛ばしてある」
「!!!!」
「心配性な周囲を安心させるのも、お忍びのテクニックの重要な一つだ」
「嘘をついて――」
「用事を済ませてから移動しただろう?嘘はついていない」
「!!!!!!!」
焼き菓子の袋を取り出すと、二つの背嚢は、トゥーラを使って先にカイルの寝室に運びこませてあった。物証を隠すことにも、抜かりはない。
「シルビア嬢、焼き菓子の手配に少々手間取ってしまった。美味しいと思う。お茶を楽しんでくれ」
思わぬ手土産にシルビアの顔が喜びに輝く。シルビアは菓子袋を受け取ると、ファーレンシアを振り返る。
「では、皆でお茶をしましょう。侍女に用意をさせます」
「そうですね。お兄様、カイル様、お着替えを。用意ができたら侍女が呼びに参ります」
「では、またお茶の席で」
メレ・エトゥールは、専属護衛とともに滞在する客室に案内され、その場から立ち去っていく。
先程までのヤンチャなお忍び行為を微塵も感じさせない。いつもの品行方正なエトゥール王がそこにいた。
しかし、お忍びのプロとは、存在していいのだろうか?
カイルは、しばらくその事実に頭を悩ませた。だが、メリット、デメリットを吟味すると、メリットの方が遥かに大きかった。
カイルはセオディア・メレ・エトゥールに弟子入りをする決意をした。
セオディア・メレ・エトゥールの弟子、爆誕。
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引き続き「エトゥールの魔導師」をお楽しみくださいませ。




