(55)閑話:メレ・エトゥール②
カイルのメレ・エトゥールのアドリー移動計画・崩壊の序章(注:シリアスではありません)(続きます)
カイルは溜息をついた。
「ディムはメレ・エトゥールと対話して、意思を確認したと言っていた。地上の運命を決めるのは地上の王であるべきだ、と。どうやってディムは貴方の対話を?」
「カイル殿と一緒だ。トゥーラより大きいウールヴェの姿でやってきた」
「――リードが手を貸したのか……でも、ディムが同調?」
「何か問題でも?」
「あ、いや、うん、彼が同調して聖堂に現れたことにびっくりしただけ」
ディムが同調を使いこなしている。カイルはその事実に驚いた。
ディム・トゥーラの本来の才能なのか、カイルの影響なのか、カイルには判断しかねた。もしかしたら、両方ということもあるかもしれない。
さらに驚くべきことは、精神空間ではなく、実空間に出現していることだ。
「彼は他にはなんと?」
「そんなに対話時間は長くはなかった。なかなか面白いことも言っていた。エトゥールに星をおとすことが最善とは、実は誰も判断できない、とも。なんとも正直で笑ってしまったことを憶えている」
「……ディムらしい……」
「カイル殿にとって、彼は信頼できる人物だろうか?」
「彼以上に信頼できる人物は、なかなかいないよ」
「では、私も彼を信じよう」
「ディムとの話の前に、ファーレンシアの先見があったと聞いたけど?」
「あった。私の判断で世界の未来が変わる。世界が滅ぶか否かと」
再びカイルは大きなため息をついた。
「そういうことは教えてよ」
「城が揺れなければ、今後は教えよう」
「ごめんなさい」
カイルは詫びた。あの騒動のあとで、この要求は図々しいともいえた。
「気にしなくていい。カイル殿に話をすることを引き受けてくれたディム殿には感謝しているし、私達では結局、カイル殿に話せず先延ばしにしていたに違いない」
「――」
「むしろ、カイル殿は浮気で妹を泣かせ、私が怒りでエトゥール城を揺らすことを恐れた方がいい」
カイルは冗談だか判断がつきかねる言葉に怯んだ。
「浮気はしないよっ!!――って、あれ?浮気のみの限定なの?」
「お望みなら『妹を泣かせたら』と難易度を上げてもいいが、その場合、とうの昔にエトゥール城は揺れて崩壊している」
お前は何度ファーレンシアを泣かせたんだ、と暗に痛烈な批判を受けて、カイルは正面に座るセオディア・メレ・エトゥールに黙って頭を深く下げて詫びた。
馬車が止まり、護衛兵が扉をノックしてきた。
目的の地点に着いた合図だった。
カイルとセオディアが馬車から降り立つと、カイルはすぐに待機しているウールヴェを空間から呼び出した。
それを見守っている護衛兵達から、おおーという感嘆のどよめきを聞くのは照れ臭いことだった。
「私がいないとはいえ、荷を狙った襲撃は考えられる。用心するように」
「はっ」
幾つかの指示を与えてセオディアは、命じた。
「見送りはいらぬ。先に行け」
と、セオディアは先に馬車と護衛兵達を出発させた。
カイルはその時点で、ん?と訝しく感じた。空間を移動する姿を目撃されることを恐れているのだろうか?
いや、すでに専属護衛やマリカ達を人目を憚らず運んでいるからそんな思惑は不要のはずだった。
「僕達が飛ぶまで、いてもらえばいいのに」
「トゥーラ、この周辺は安全であろう?」
――安全だよ
「このように問題はない」
なぜか、メレ・エトゥールは肩に自分の小さなウールヴェを呼び出し、何かを告げると、どこかに飛ばした。
「メレ・エトゥール?」
「まあ、急ぐこともあるまい」
「いや、護衛もいないし、不用心だし――」
「危険が近づけば、優秀なトゥーラが気付くだろう」
――僕、優秀 気付く
「のせられるなっ!!」
嫌な予感がした。
メレ・エトゥールは手にしていた外套の一枚をカイルによこした。セオディア自身も外套を身につけた。
「メレ・エトゥール」
「なんだろうか?」
「今からアドリーにすぐ飛ぶから、外套など不要だ」
「すぐ、飛ばないなら必要だろう」
「メレ・エトゥール!!」
彼は用意周到に懐から折りたたんだ地図を取り出す。
「トゥーラ、この少し先で道が分岐していて、さらに行くと街がある」
――うん?
「そこの街の焼き菓子が美味くて評判だ」
――行こう!!
主人を無視して、ウールヴェとメレ・エトゥールは結託した。
「メレ・エトゥール!!」
「カイル殿、真の『お忍び』とは、護衛もつけず闊歩することだ。覚えておくといい」




