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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第15章 精霊の代価
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(53)閑話:アイリの菓子②

アドリーの厨房下克上物語。プラス食い意地のはったウールヴェのネタ。

「私のアイリの菓子を横取りするとは、万死に値します」と言ったとか、言わなかったとか……アドリーの口伝がひとつ誕生。

「マリカ!」

「アイリ!」


 ウールヴェの背中に乗って到着した人物達を見て、ファーレンシアとシルビアは歓喜の声をあげた。

 ウールヴェの移動が初めてであるマリカは蒼白になっており、同行者である専属護衛アイリに支えられるように、降り立った。


「ファーレンシア様?本当にファーレンシア様?」


 侍女であるマリカはガタガタふるえて、まだ空間移動の現実が把握できないでいた。だが目の前に遠く離れたアドリーにいる主人の姿を認め、遠距離の移動をようやく理解したのだった。


「マリカ、私です。本物です」


 ファーレンシアが再会の嬉しさのあまり、強く手を握った。


「こ、怖かったです」

「よく、来てくれました。貴方がいないと不自由で」


 ファーレンシアは本音をぽろりと漏らした。

 アドリーで滞在中に充てがわれた侍女はいても、長年の付き合いがあるマリカには敵わない。マリカはファーレンシアの好みや癖、望むことをすべて熟知しているのだ。


 今回は御前試合と、探索にからんだ急な移動だったため、侍女も専属護衛も置き去りにしてしまった。

 メレ・エトゥールの到着までの我慢と思っていたが、メレ・エトゥールがウールヴェでの移動を指示したという。


「まあ、メレ・エトゥールにお礼を言わなければ」


――シルビア様、メレ・エトゥールの術中(じゅっちゅう)に、はまっています


 シルビアを除く3人の女性は、同時に思った。

 メレ・エトゥールはシルビアからの好感度を荒稼ぎした気配があった。


「アイリのお菓子がなくて、死にそうでした」

「あら、カイル様宛の書状とともに送る、とメレ・エトゥールに命じられてお菓子の小袋を作りましたけど?」

「お恥ずかしいことに3袋では、焼石に水でした」


 恥いったように頬をそめ、シルビアが懺悔(ざんげ)する。


「3袋?いえ、10袋以上作りましたが」

「………………」

「………………」

「10袋?」

「はい」


 話が噛み合わず発覚した事実に、シルビアとアイリがしばし見つめあった。


「私のウールヴェに託したのでしょうか?」

「いえ、カイル様のトゥーラが来た時に。ほら、シルビア様のウールヴェは小柄で量を運べませんでしょう?」

「…………トゥーラに?」


 荷抜きの犯行の気配があった。


「………………トゥーラ、私のお菓子を横取りしましたね?」


 再会の場の温度が急に下がり、ウールヴェは軽い気持ちのつまみ食い――量的につまみ食いでは最早なかったが――が、優しいシルビアの怒りを招いた事実にようやく気づいた。


――ご、ごめんなさい


「許しませんっ!!!」

「シルビア様、落ち着いて!!」

「すぐにお菓子を作りますから、落ち着いてくださいっ!!」

「トゥーラ!すぐにカイル様の元に戻りなさいっ!!」


 女性3人がかりで、怒れる賢者(メレ・アイフェス)を押さえ込み、その間にトゥーラは光速の速さで逃げ去った。





 そこからはアイリの神業(かみわざ)が発揮された。

 彼女はアドリーの厨房(ちゅうぼう)を借りると、短時間で調理ができ、創作に飛んだ菓子(クレープ)を作り始めたのだ。

 芸術のような薄さの焼き生地(きじ)に巧みに薄く切った果物と生クリームが配置され、食べ易いように折り(たた)まれた。


 厨房に高貴な方々が足を踏みいれることを、周囲は大反対したがそこを丸めこんだのは、菓子に執念(しゅうねん)を燃やすシルビアだった。


「賢者たるもの、あらゆる知識を欲しております。それが厨房の備品だろうが、菓子の作り方だろうが知識に国境はありませんので」


 フォローしたのはファーレンシアだった。


「メレ・エトゥールを迎えるにあたって、足りない厨房器具や什器はありませんか?カイル様が気にしておられました」


 この一言でアドリーの料理人の陥落(かんらく)に成功した。





 次々と手際良くクレープをアレンジしていくアイリは、シルビアのウールヴェに対する「食い物の恨み」を消し去ることに成功していた。

 シルビアは満面の笑みで平らげていく。


「次は野苺のジャムを加えましょう」

「まあ、なんて素敵」


 普段は生真面目な女賢者の表情は、完全にくだけていた。

 




「……ファーレンシア様」


 ファーレンシアは、不敬を覚悟で小声で話しかけてきた料理人を、振り返った。


「滞在中、シルビア様は晩餐(ばんさん)にご不満があるように見受けられましたが、もしや、それは――」

「デザート類の不足です」


 ファーレンシアは認めた。


「デザート類に力を入れていただけると、シルビア様は喜ばれます。シルビア様が好物のレシピは、専属護衛のアイリが全て知っています。シルビア様が満足されると、メレ・エトゥールの覚えがめでたくなるのは保証します」




 

 アイリはこの瞬間、アドリーの厨房の全権限を手に入れた。


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