(50)エピローグ
「メレ・エトゥール、迎えに来たよ」
西の地の国境に近いアドリーにいるはずのカイル・メレ・アイフェス・エトゥールが執務室に現れ、セオディアは眉をひそめた。
離宮の移動装置が起動した気配はなかった。それ以外の手段で移動してきたに違いない。
青年の傍らには、白いウールヴェがいつものように従っていた。機嫌がいいのか、長い複数ある尻尾が優雅にふられている。
「トゥーラは戻ってきたんだな」
「うん、その報告も兼ねて出頭したよ」
「……トゥーラの尻尾の数が増えているような気がする」
「え?あっ?本当だっ!!」
カイルはトゥーラの形態を見て慌てた。メレ・エトゥールの指摘通り、トゥーラの尻尾は2本増えていた。
「いつのまにっ!!」
「……なぜ、主人が気づかない……」
「いろんなことがありすぎて、そちらに気をとられていたんだよ」
カイルは、顔を赤らめて必死に言い訳をする。
――ひどい
すかさず、ウールヴェが突っ込む。
その声は、加護をもたない他の人間にも聞こえたらしく、執務室内に控えている専属護衛達が笑いをこらえ、肩を震わせている。
不敬な態度ではあったが、この状況で笑うなと叱るのは困難だった。事実、セオディアもウールヴェの言葉に、笑いを漏らさないことに努力を要した。
「ところで、迎えに来たとは?」
「今日の午後には出立する予定だったんでしょ?長々と馬車に揺られてアドリーに移動するより、手っ取り早く移動しようよ」
「カイル殿……」
セオディアは溜息をついた。
「エトゥールの代表者が、西の地の移動装置を使って、大量の護衛とともに出現することはよろしくないだろう。和議が吹っ飛ぶ」
「ああ、そうじゃないそうじゃない」
青年は手を左右に振った。
「西の地の移動装置は使わないで、荷をつんだ馬車は護衛とともに通常の道をつかってもらう。メレ・エトゥールだけ僕と一緒に移動しようという提案」
「なんだと?」
「だってその方が時間を節約できて、有意義な余暇をすごせるでしょう?」
「余暇…………イーレ嬢の手合わせを余暇扱いか」
「あれは余暇ではなくイーレ個人の道楽に等しいよ。僕の言う余暇とはアドリーをゆっくりと視察しながら、シルビア達とお茶を飲むことを指している」
「――」
「移動で一週間馬車の中で過ごす予定の時間を浮かせて、アドリーで過ごせばいいってこと」
「……アドリーの準備は?」
「前倒しに終えている。いつでもメレ・エトゥールを迎えられる」
「……アドリーの関係者に通達は?」
「すませてあるよ。もっとも口をぽかんとあけられて、固まっていたけど」
「それはそうだろう……」
メレ・エトゥールは破天荒な新辺境伯に振り回されるアドリーの関係者に同情した。
「……専属護衛達は?」
「僕が何往復かすればいいだろうし、馬車の警護の人数は確実に減らせるよね?」
「……書も運べるか?」
「書?」
「移動中の馬車で処理をしようと思っていた草案がいくつかある」
「ファーレンシアが予想した通り、典型的な仕事中毒だね」
「わーかーほりっく?」
「僕達やメレ・エトゥールみたいに年中仕事をしていて、仕事をしていないと落ち着かない状態を指すんだよ。お望みなら御前試合終了後、すぐにエトゥールに送ってあげるから、一週間くらい放置してみたら?」
「エトゥール王としてあるまじき行為だ」
「未来の王妃を口説くこともエトゥール王の仕事だよ」
メレ・エトゥールは片眉をあげ、カイルを見つめた。
「アドリーを視察しながら、シルビアに似合うアドリーの貴石細工を探したりするのは、どうだろう?貴方の同行者にエトゥールに置き去りになっているアイリを入れれば、貴方の好感度上昇は間違いなしだ」
「悪くはない計画だ」
「でしょ?それに対して僕は交通手段として僕とウールヴェを提供するんだ」
にこっとカイルは微笑む。
「その心は?」
「未来の義兄のご機嫌取り」
「露骨すぎる表現だ」
「最近、心配をかけすぎた代価だよ」
「自覚はあったのか」
「一応」
メレ・エトゥールは苦笑した。ゆっくりと立ち上がった。
「では、出発前に付き合ってもらおうか?」
「どこに?」
「急に予定を変えたことで、荷の準備を終えた侍女達に怒られる役目が必要だ。むろん、それは私ではない」
セオディア・メレ・エトゥールの予言通り、カイルは侍女達に、かなり怒られた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
このあとは数話閑話をはさむ予定です。




