(43)手合せ⑧
「メレ・エトゥールに?」
怪訝そうにきくカイルの反応にシルビアは不思議そうな顔をした。
「彼が治める国ですから、彼にお伺いをたてるのは、当たり前じゃないですか?」
「いや、そうではなく、どうやってメレ・エトゥールに連絡をとっているのか、と」
「貴方と同じやり方ですよ」
「僕と同じ?」
「ウールヴェを飛ばしています」
カイルは驚いた。
シルビアがそこまでウールヴェを使いこなしているとは、思わなかったからだ。彼女の精神感応力は、強いわけではない。
「この距離を?!」
「なんで驚くんですか?貴方は非常識にも、宇宙を超えてウールヴェをとばしているでは、ありませんか」
「アドリーとエトゥールはかなり距離があるよ?!」
「別に問題はありませんでした。迷子になったことは、ありませんし、移動はほんの数分ですみます」
「伝言で?」
「いえ、手紙を持たせてます」
「手紙?」
「私のウールヴェは、貴方のトゥーラほど、語彙が豊富ではないので」
「返事のやり取りは?」
「メレ・エトゥールのウールヴェが持ってきたり、精霊鷹が持ってきたり、私のウールヴェに託されたり……たまに、差し入れのお菓子をいただいたり」
お菓子の話題の時だけシルビアの顔がほころぶのは、変わらなかった。
ついでにメレ・エトゥールの外堀計画は、さらに進行中の気配をカイルは感じた。
「もしかして、今回も事細かく報告を?」
「もちろんです」
アッシュやミナリオ達も報告しているだろうし、それにファーレンシアが加わると、メレ・エトゥールは完全にアドリーの状況を把握しているに違いなかった。
報告をしていないのは、カイルだけになる。
カイルは冷や汗が、だらだらと流れた。
メレ・エトゥールはカイルに対して何も言ってこないが、それは試されている可能性があった。いや、大いにあった。
「……僕もメレ・エトゥールへの報告書を書いた方がいいかなぁ?」
「むしろ、書いていない方にびっくりです」
シルビアの言葉は、カイルをさらに追いつめた。
「時々、メレ・エトゥールとの手紙の内容が噛み合わないと感じたのは、貴方がいっさい報告していないからだったのですね」
シルビアは吐息をもらした。
「拠点のことはともかく、今回はイーレ達の御前試合なのだから、エトゥールのしきたりなど、確認することは、山ほどありませんか?貴方は暫定的とは言え、アドリー辺境伯なのですから、責任者であり、アドリーの関係者に指示する立場でしょう?」
「僕のウールヴェが今、いないっ!」
青ざめ、慌てふためくカイルをシルビアは落ちつかせた。
「私のウールヴェを貸しますし、とりあえず報告と御前試合の問合せの内容で手紙をしたためるのは、いかがです?ファーレンシア様に助言を求めるといいと思います」
「わかった!!」
カイルは書庫をすごい勢いで飛び出していく。ファーレンシアを探しに行ったに違いない。
「そういえば、カイルはよく報告を怠って、ディム・トゥーラに怒られていたわ」
イーレがその姿を見送り、ぼそりと言った。
「学習能力がない、成長がない――どちらだと思いますか?」
「両方だと思うわ。一度コテンパンに伸したら、サイラスでさえ、マメに報告してくると言うのに」
「それは体罰ですか?」
「脳筋への教育手法よ」
「モノは言いようですね」
「カイルにも有効かしら?」
「間違いなく心的外傷になりますし、彼は一応アドリー辺境伯の立場です。西の民の若長の嫁が、殴り飛ばすと国際問題になりますから、控えていただけると」
「あら、残念」
「でも、彼のやらかし具合があまりに酷すぎる場合は、ぜひお願いします」
イーレは自らの主治医を見上げた。
「私が本気で殴りとばしたら、けっこうな怪我になると思うけど?」
「施療院のベッドに余裕があるから大丈夫です」
エトゥールの治癒師は妙な保証をした。




