(45)手合せ⑦
「ハーレイ以外のお目付け役の適任者がいるなら、いつでも検討するから」
カイルの言葉にエルネストは黙るしかなかった。カイル達は困難な状況から、最善の策を選択したにすぎない。それを頭では理解していても、心の整理は別物だった。
「あくまでも、西の地をまとめるため――そういうことなんだな?」
「うん」
「本当に大丈夫なんだな?」
「何を心配しているかによって、返答は変わるけど、イーレの精神的安定については最優先にしているから、大丈夫」
「わかった」
「ねえ、エトゥールの拠点はここからは飛べないの?」
「あそこは撤退命令が出たときに、閉じている」
「もう一度開けるには?」
「観測ステーションからのアプローチか、直接の起動に限る」
「直接の起動――つまりエトゥール地下深くに潜れってこと?」
「そうなる」
「貴方達のリーダーは、中央に戻ったの?」
「いや……」
エルネストは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「彼が一番最初に姿を消した。妻である精霊の姫巫女が亡くなると、その亡骸とともに彼は旅立ってしまった。彼は中央を捨て、世界を捨て、我々を捨てた。だが、原因は我々にあった。精霊の姫巫女など、一時的な関わりを持った地上人の一人に過ぎない。そう思っていたが、彼にとっては違ったんだ。それを誰も理解しようとしなかった」
「それって……」
「伝承にも残っているはずだ。初代のエトゥール王は妻を亡くして、彼女の精霊獣と共に最果ての地に向かい、その身と引き換えにエトゥールとエトゥール王家の加護を世界の番人に要求した。善なる王の望みを世界の番人は叶えた、と」
「世界の番人……」
「その伝承は、いつのまにか、民衆の間に広がっていた。もっとも、我々は彼がしばらくしたら戻ってくるぐらいに考えていた。エレン・アストライアーが死ぬまでは」
エルネストは辛そうに視線を落とした。
「彼女の凄惨な死の事件で、初めて悟ったんだ。彼の戻るつもりのない旅路と、我々がいかに彼に依存していたか、を。彼はエレンが死亡しても、エド達が引き上げても姿を現さなかった」
「……ねぇ、その精霊の姫巫女の精霊獣って、どんな姿をしていた?」
エルネストは笑った。
「君のウールヴェによく似ている。君の『ウールヴェの王』という表現でふと思い出したのは、それだ。例え、精霊の姫巫女の精霊獣と、縁がない存在だとしても、彼等がどうなったか消息は知っているはずだ。私がそのリードというウールヴェと話がしたいのは、そういう理由だ」
「ええええええええ?!」
アドリーに戻って最初の仕事はイーレとシルビアの牧場計画の中止の報告だった。
牧場計画の頓挫を告げると、イーレの失望は大きかったが、シルビアは理由に理解を示した。
「まあ、確かに猪やマンモスのそばでは、安まりませんね。暮らすのは無理かもしれません」
「……肉……」
「人里離れた場所と、脱走防止策を構築しないと、無理だ」
「普通の家畜から始めるのは、確かにいいかもしれませんね。西の民には、畜産の概念はないようですし、エトゥールも羊と山羊が中心ですもの」
「羊は毛や肉や皮が有効利用できるから古くから、利用されているんだろう」
「牛に該当する生物はいないのですか?」
「わからないな」
「ウールヴェを牛の大きさ程度にできればいいのですが」
ぴくりとイーレが反応した。
「……そうよね、コントロールが効かないことが問題なら、コントロールできるように改変したらいいのよね」
「……まだ諦めてないのか」
「諦めないっ!」
「じゃあ、二人で飼育計画を立案して。エルネストがきっとチェックしてくれるよ」
「わかったっ!」
「この熱意は、いったいどこからくるんだ……」
カイルはイーレの情熱の度合いに呆れた。
「何かに熱中できるとは、いいことです」
「それが肉でも?」
「肉だとしても。今、私達は地上の食文化の転換点を目撃しているかもしれません」
「それ、冗談だよね?」
「いえ、かなり本気です」
シルビアは生真面目な表情のまま、告げた。
「畜産については、メレ・エトゥールの意見をきいてみましょう」




