(44)手合せ⑥
「貴方だって、ウールヴェを持っているじゃないか。それで試してみればいいんだ」
「よく、知ってるな」
驚いたようにエルネストは、カイルを見つめた。
「シルビアが貴方の小さな黒いウールヴェを目撃している」
「ほう」
「アードゥルの操る四ツ目がウールヴェの成れの果てであることも知っている」
「――」
再び驚いたようにエルネストはカイルを見た。
「よく、そこまで突き止めたもんだ。どうやって?」
「僕じゃない。僕のウールヴェが教えてくれたんだ」
「例の頭のいいウールヴェの王以外に、君のウールヴェも十分利口ではないか」
「時にはすごい愚かな行動もするけど、人の言葉を理解し、成長しているのは確かだよ」
「少々特殊だな。そこまで知恵を発達させるウールヴェなど過去に数例しかみていない」
「過去にはあったの?」
「伝承として残っているだろう?初代エトゥール王と彼に従う精霊獣達――」
「精霊獣って、やっぱりウールヴェなの?」
「精霊獣の定義をなんとしている?」
カイルは考えこんだ。
「知恵と自我がある」
「それから?」
「人との対話が可能」
「まあ、特定の使役主に限られるが」
「姿を変えられる」
エルネストは面白そうな顔をした。
「目撃したことがあるんだな」
「赤い精霊鷹が白いハヤブサに変化したんだ。皆、大パニックさ」
エルネストは笑いを漏らした。
「我々と同じ反応だ。それが発覚した時、幾晩、徹夜して議論したことか」
「……議論したんだ?」
「もちろんだ」
「結論は?」
「出なかった。ウールヴェという生物の正体について、君達が結論に達しているなら、ぜひ聞きたい」
「残念ながら。結論を聞きたいのは、僕の方だ」
自分の影響を受けて進化している仮説は、カイルは話さなかった。
「そういえば、ハーレイは使役主以外の第三者と会話できるウールヴェを精霊獣とみなしていたな」
「そのようにまだ分類定義が定まっていない」
「そうなのか……」
カイルは心の中でがっかりした。今後のトゥーラとの関係を構築する上での参考になりそうな情報はなかった。
カイルは、ふと他にも気になったことがあることを思い出した。
「……アードゥルは僕との対話についてなんと言ってるの?」
「特に何も」
「関心はないのか……」
「逆だ。帰るたびに、根掘り葉掘り聞いてくる」
「え?」
思い出したように、エルネストは笑いをかみ殺した。
「昔から彼は素直じゃない」
「僕との対話を拒絶しているわけではないってこと?」
「珍しいことに。君の行動に対して関心をもっている。まあ、目下の問題は、アードゥルにイーレの手合せの件をどう伝えるべきか、だ」
「…………ああ……」
アードゥルの反応が確かに読めなかった。複製体であるイーレの嫁取りに関して、彼はどう思うのだろう?
「一番、平和的な解決はイーレが勝利をおさめてくれることだが」
「いや、実は逆なんだよ」
カイルが懺悔をした。
「なんだって?」
「イーレが勝って、独身になると、またわんさか、嫁取りの申し込みが舞い込んできて、振り出しに戻るんだ」
「――」
エルネストはあっけにとられた。
「なぜ、イーレを西の地に放牧した?」
「放牧――うん、放牧に近かったね。その点は深く反省しているよ。西の民の特性にも気づかなかったしね」
少しカイルは遠い目をした。
「野生のウールヴェより質が悪い」
「おっしゃる通りで」
「責任を取れ」
「僕はファーレンシアと正式婚約しているので、イーレと結婚できません」
「そういう意味じゃないっ!」
「じゃあ、どういう意味で?貴方がハーレイの代わりにイーレの支援追跡者になってくれる?」
「――」
「今の状態じゃ、無理でしょう?他にいい提案があれば、いつでも受け入れるよ」
カイルは深く頷きながら言った。




