(9)ウールヴェ②
「――」
予想外の話にシルビアは言葉を失った。
「それを回避するために、我々は救い手を欲した」
「――滅びるのは戦争で、ですか?」
「わからない」
セオディアは手元のウールヴェを弄びながら答えた。
「大災厄が戦争なのか、自然災害なのか、疫病なのか、まだそこまでは見えないらしい。あるのは精霊の警告だけだ」
「……カイルの言っていた悪意のある存在のことでしょうか?」
「それもわからない。だが、メレ・アイフェスのあのときの言葉は、我々は驚いた。彼に先見の能力は?」
「ない……はずですが……」
シルビアは自信がなくなってきた。
「我々は大災厄に繋がる芽を摘み取らねばならなかった。隣国との戦争、西の民との和議の件、カイル殿とシルビア嬢には感謝しかないのはそういうわけだ」
「ファーレンシア様の予知がはずれたことは?」
「ない」
「そんな重要なことを私達に告げてよろしいのですか?」
「信頼の証と思っていただいてよい」
シルビアは視線を落とした。この後ろめたさはなんだろう。
「……私達は迎えがくれば帰る身です」
「わかっている。今までのことで十分だ」
セオディアはそこで話を切り替えた。
「さて、使役の練習をしてみようか」
ウールヴェを念話の中継点とすることはたいして難しくなかった。もともとシルビアにも精神感応能力があったからだ。
――思念を強化する感じかしらね……
ウールヴェには思念を増強する触媒効果があるのかもしれない。
だがウールヴェを移動させることはできなかった。
「命じるだけ」とセオディアは言うが、全く動かない。
「アイリのところに行って」と少し離れた場所に立っているアイリを目標にしたが、ウールヴェは全く反応はなかった。
1時間がすぎ、シルビアは音をあげた。
「私には才能がないのでしょうか?」
「そんなことはないが、シルビア嬢は命令慣れしていないのでは?」
「確かに慣れてはいませんが……」
命令、命令――最近の命令はカイルに二週間の療養を宣言した時だ。「療養期間を二週間。仕事は禁止」と命令したとき、カイルは情けない顔をしたものだが……。
『アイリのところに行きなさい。さもなくばお菓子は禁止にしますよ』
ウールヴェは消え、離れたアイリから驚きの声があがった。
彼女は突然現れたウールヴェに慌てたようだが、東屋の二人の視線に、移動してきたウールヴェの理由を察したようだ。
「できたではないか」
「……え、ええ」
命令口調がきいたのかお菓子禁止の恐喝がきいたのかは謎だが、その件は恥ずかしくて言えなかった。
お菓子をやりすぎた、とシルビアは深く反省した。この子の食い意地は矯正しよう。
加護と命令口調で使役できるなら、イーレやディム・トゥーラは百匹くらい使役できそうだ。
ふと、疑問がわいた。
「メレ・エトゥールはどのくらいの数を使役できるのですか?」
「上限は試したことはないが、機会があれば試してみよう」
「ぜひ」
思考が研究者のものになっていたが、シルビアには自覚はなかった。
メレ・エトゥールと別れて部屋に戻ったシルビアは、このわずかな時間でえた情報を整理した。カイルやディムにどう伝えたらいいだろう。
この世界には、『精霊』という非物質な存在があり、番人として星を守っている。カイルを地上に呼んだ張本人だ。
人を一人、衛星軌道上から転移させるエネルギーを行使できる存在で、観測ステーションの様々な探索機械が壊れたのも、彼らの仕業と考えられる。当然、カイルの帰還を阻止するため移動装置を壊した。
ここまでは現状と一致する。
大災厄の救い手として、カイルが選ばれたと言う。そこで疑問が生じる。なぜカイルだったのだろう。
また、ウールヴェという不思議な生物もまだまだ謎だらけだ。多少の精神感応の才があれば使役できるのかもしれない。
使役できる数は何に比例するか?思念エネルギーの大小ではないだろうか?
――ウールヴェは思念エネルギーを好むのかもしれない。だから桁違いの能力を持つカイルに群がったのであって……
その仮説をたてたとき、シルビアは重大な見落としに気づき部屋をとびだした。
通りすがりの侍女達皆が驚く中、シルビアは廊下を走り、カイルの部屋にたどりつくと中に飛び込んだ。
中にいたファーレンシアとマリカが、息を切らしたシルビアの出現に驚く。
「シルビア様、どうされましたか?」
「……………………」
――ああ、遅かった。
眠っているカイルの枕元にいるウールヴェは大きく成長していた。




