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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第4章 精霊の商人
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(9)ウールヴェ②

「――」


 予想外の話にシルビアは言葉を失った。


「それを回避するために、我々は救い手を欲した」

「――滅びるのは戦争で、ですか?」

「わからない」


 セオディアは手元のウールヴェを(もてあそ)びながら答えた。


「大災厄が戦争なのか、自然災害なのか、疫病なのか、まだそこまでは見えないらしい。あるのは精霊の警告だけだ」

「……カイルの言っていた悪意のある存在のことでしょうか?」

「それもわからない。だが、メレ・アイフェスのあのときの言葉は、我々は驚いた。彼に先見の能力は?」

「ない……はずですが……」


 シルビアは自信がなくなってきた。


「我々は大災厄に繋がる芽を摘み取らねばならなかった。隣国との戦争、西の民との和議の件、カイル殿とシルビア嬢には感謝しかないのはそういうわけだ」

「ファーレンシア様の予知がはずれたことは?」

「ない」

「そんな重要なことを私達に告げてよろしいのですか?」

「信頼の(あかし)と思っていただいてよい」


 シルビアは視線を落とした。この後ろめたさはなんだろう。


「……私達は迎えがくれば帰る身です」

「わかっている。今までのことで十分だ」


 セオディアはそこで話を切り替えた。


「さて、使役(しえき)の練習をしてみようか」





 ウールヴェを念話の中継点とすることはたいして難しくなかった。もともとシルビアにも精神感応能力があったからだ。


――思念を強化する感じかしらね……


 ウールヴェには思念を増強する触媒効果があるのかもしれない。


 だがウールヴェを移動させることはできなかった。

「命じるだけ」とセオディアは言うが、全く動かない。

「アイリのところに行って」と少し離れた場所に立っているアイリを目標にしたが、ウールヴェは全く反応はなかった。

 1時間がすぎ、シルビアは音をあげた。


「私には才能がないのでしょうか?」

「そんなことはないが、シルビア嬢は命令慣れしていないのでは?」

「確かに慣れてはいませんが……」


 命令、命令――最近の命令はカイルに二週間の療養を宣言した時だ。「療養期間を二週間。仕事は禁止」と命令したとき、カイルは情けない顔をしたものだが……。


『アイリのところに行きなさい。さもなくばお菓子は禁止にしますよ』


 ウールヴェは消え、離れたアイリから驚きの声があがった。

 彼女は突然現れたウールヴェに慌てたようだが、東屋の二人の視線に、移動してきたウールヴェの理由を察したようだ。


「できたではないか」

「……え、ええ」


 命令口調がきいたのかお菓子禁止の恐喝(きょうかつ)がきいたのかは謎だが、その件は恥ずかしくて言えなかった。

 お菓子をやりすぎた、とシルビアは深く反省した。この子の食い意地は矯正しよう。

 加護と命令口調で使役(しえき)できるなら、イーレやディム・トゥーラは百匹くらい使役(しえき)できそうだ。

 ふと、疑問がわいた。


「メレ・エトゥールはどのくらいの数を使役(しえき)できるのですか?」

「上限は試したことはないが、機会があれば試してみよう」

「ぜひ」


 思考が研究者のものになっていたが、シルビアには自覚はなかった。




 メレ・エトゥールと別れて部屋に戻ったシルビアは、このわずかな時間でえた情報を整理した。カイルやディムにどう伝えたらいいだろう。


 この世界には、『精霊』という非物質な存在があり、番人として星を守っている。カイルを地上に呼んだ張本人だ。

 人を一人、衛星軌道上から転移させるエネルギーを行使できる存在で、観測ステーションの様々な探索機械(シーカー)が壊れたのも、彼らの仕業と考えられる。当然、カイルの帰還を阻止するため移動装置(ポータル)を壊した。

 ここまでは現状と一致する。


 大災厄の救い手として、カイルが選ばれたと言う。そこで疑問が生じる。なぜカイルだったのだろう。


 また、ウールヴェという不思議な生物もまだまだ謎だらけだ。多少の精神感応の才があれば使役できるのかもしれない。

 使役できる数は何に比例するか?思念エネルギーの大小ではないだろうか?


――ウールヴェは思念エネルギーを好むのかもしれない。だから桁違いの能力を持つカイルに群がったのであって……


 その仮説をたてたとき、シルビアは重大な見落としに気づき部屋をとびだした。

 通りすがりの侍女達皆が驚く中、シルビアは廊下を走り、カイルの部屋にたどりつくと中に飛び込んだ。


 中にいたファーレンシアとマリカが、息を切らしたシルビアの出現に驚く。


「シルビア様、どうされましたか?」

「……………………」


――ああ、遅かった。



 眠っているカイルの枕元にいるウールヴェは大きく成長していた。

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