(7)ウールヴェ
セオディア・メレ・エトゥールがウールヴェの使役について教えるという約束は守られ、午後に二人は中庭の東屋でおちあった。多忙なはずの領主に教えを乞うのは気がひけたが、シルビアが何か気晴らしを求めていたのも事実だ。
専属護衛達はやや離れて警護につき、会話が聞かれる心配はなかった。内密の話題を予想した配慮かもしれない。
侍女達がお茶と焼き菓子を用意し終わり立ち去った。傍目には、長閑なお茶会だった。
セオディアは自分用に新しいウールヴェを調達していた。
小さな生物にアイリが用意した菓子を与える。しばらくして彼は手の平にウールヴェをのせ、シルビアの目の前に差し出した。
彼の手の上のウールヴェは姿を消した。
え?
次の瞬間、シルビアの右肩に自分のではないウールヴェが乗った。
え?
「ええええ?!!」
シルビアは大混乱に陥った。
今、この小さな生物は短い距離とはいえ、確かに瞬間移動をした。
「こ、この瞬間移動は貴方の能力ですか?!ウールヴェの能力ですか?」
「さあ?」
「さあ――って……」
『冷静なシルビア嬢が慌てる様は面白い』
「!!!!!」
完璧な精神感応だった。ディム・トゥーラやカイル・リードに匹敵する。シルビアには近距離の精神感応能力しかない。しかも相手が強力な精神感応者であることが条件になる。
――待って、待って、待って。何から突っ込めばいいの?
シルビアは両手で顔を覆って息を整えた。能天気に寝ているカイルをたたき起こしたい衝動にかられた。
セオディアはそんなシルビアの反応に笑いを噛み殺しているようだった。
一つ一つ疑問をつぶしていくしかない。質疑応答の基本だ。シルビアは必死に頭を整理した。
「ウールヴェは思念――考えを伝達できるのですか?」
「できるが、誰にでもできることではない。ほとんどの人はウールヴェを使いこなせない」
セオディアは自分のウールヴェを呼び戻した。彼のウールヴェは素直に彼の肩へと戻った。
「まず、絆を作るのが難しい。だがシルビア嬢はすでにできている」
「私がですか?」
「ウールヴェが逃げ出していないだろう?」
「それは餌付けしているから当たり前ではありませんか?」
セオディアは首をふる。
「自由気ままな生物だ。絆がなければ姿を消す」
「それほど難しいことだと?」
「簡単だとウールヴェを使った諜報天国になると思わないか?」
「……確かに」
「加護の強さもウールヴェの使役に影響する」
セオディアのウールヴェは主人の指に無邪気にじゃれている。
「あと、ファーレンシアは相性がいい子が手にのると説明していたが、実際は違う。一度に使役できる数なのだ」
シルビアははっとした。カイルだけ腕がウールヴェにまみれたことを思い出した。
「貴方はカイルを試したのですか?」
「どちらかというと、貴女達二人を――が正しい。精霊の加護があるか知りたかった」
「私達には『精霊の加護』が理解できないのですが、『加護』とはなんです?『能力者』という意味ですか?」
「我々にはむしろ『能力者』が理解できない」
どう説明したものか、とシルビアは言葉を探した。
「私達の世界では、個人的に特殊な能力を持つ者が多いのです。ウールヴェを使わなくても遠方の会話ができたり、意思の力で物を動かせたり、自身を瞬間的に移動させたり、身体能力が飛び抜けていたり様々です」
「ほお」
セオディアは目を細めた。
「貴女は治癒師だ」
「正しくは治療の知識を豊富に持っているで、特に秀でた能力ではありません」
シルビアは告げた。
「そういう意味ではカイルの能力は、私達の中でも異質かもしれません。ただ言語習得などの学習能力に秀でているのは共通です。私達の位置付けは学者に近いかもしれません」
「賢者であるメレ・アイフェスにふさわしい」
「加護とはなんです?」
「言葉の通り守護だ。精霊が守り助ける」
「…………では『精霊』とは?」
「世界の番人という表現が近いかもしれない。世界の秩序を守る存在だ」
「……番人……姿形は?」
「ない」




