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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第4章 精霊の商人
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(6)兄妹

 シルビアはセオディア・メレ・エトゥールの執務室を訪れた。

 最近はシルビアがアイリと共に現れると、戸口の専属護衛がすぐに通してくれた。言わば、『顔パス』状態だった。


「カイル殿の様子は?」

「相変わらず眠ったままです。それよりファーレンシア様があまり食事をおとりにならず、そちらの方が心配でして……」

「やれやれ、世話がやける……」


 セオディアはファーレンシアの侍女に、ファーレンシアの食事をカイルの部屋に用意するようにと命じた。執務を中断してシルビアと共にカイルの部屋に向かう。

 途中、彼はシルビアの肩にウールヴェがいるのを見て微笑んだ。


「よく(なつ)いているようだ」

「ウールヴェですか?はい、最近はどこにでもついてきますね。よく食べるので、戸惑(とまど)いますが」

「際限がないので、控えめにしてかまわない」

「そうですか。少し控えます」

「ウールヴェは森まで喰らい尽くすからな」


 シルビアはセオディアの冗談に少し笑った。


 二人がカイルの部屋に入ると、ファーレンシアは眠り続けるカイルの傍らの椅子にいた。侍女達がテーブルと椅子を用意し、食事の準備を始める。


「ファーレンシア」


 兄の呼びかけに返事はない。

 少女はこの間の件からセオディア・メレ・エトゥールと口を聞こうとしなかった。シルビアは初めて見る兄妹の対立に気をもんだ。


「ファーレンシア、食事をしなさい」


 少女はその言葉を無視するかのように寝台の(かたわら)から動かなかった。だが、そんなことはメレ・エトゥールの予想の範疇(はんちゅう)だったらしい。


「ファーレンシア、食事をしないならばカイル殿の部屋の出入りを禁じるが?」

「――!」


 兄の脅迫に少女は即座に立ち上がると、侍女のマリカの用意した食事の席についた。

 そこへ追い討ちがかかる。


「ファーレンシア、残しても同様の処置を取る」


 きっ、と少女は自分の兄をにらんだ。目が赤いのは、泣いてたからに違いない。ファーレンシアは大きく息をつくと、侍女の用意した食事をゆっくりと取り出した。


「……お見事です」

「あとはまかせていいだろうか」

「はい、お手数をおかけしました」

「それはこちらの台詞だ。ああ、午後にお時間があるならウールヴェの使役(しえき)についてお教えしよう」

「ありがとうございます。ぜひお願いします」


 セオディア・メレ・エトゥールは立ち去った。

 シルビアはファーレンシアが食事を取ったことに安堵(あんど)した。カイルより少女の心労の方が不安な要素だったのだ。侍女のマリカを振り返った。


「私の食事もここに用意していただけますか?」


 マリカは、ほっとしたように頷いた。





「あの……シルビア様」


 ファーレンシアが食事をしながらためらいつつ切り出した。


「おききしたいことがあります」

「なんでしょう?」

「カイル様は、戻られると自由を失うのですか?」


 ああ、あの時カイルとうっかりかわした会話を気に病んでいたのか、とシルビアは気づいた。


「わかりません」


 シルビアは正直に答えた。


「これだけの違反は前例がありませんから、何とも言えないのです」

「そうですか……」

「ファーレンシア様がお気になさることはありませんよ。彼自身の選択ですから」

「……でも」

「多分、私達の世界よりエトゥールの方が彼にとって魅力的なのでしょうね。何にも縛られず彼の人生は彼が決める、それでいいような気がしてきたのです」

「……」

「それより、カイルが目を覚ました時に、手伝っていただきたいので、ファーレンシア様も体力を温存してください。睡眠と食事は看護の基本ですよ。この調子ならお手伝いをお願いするのを断念します」

「そんな……兄のような脅迫はやめてくださいませ」

「脅迫が有効手段に思えましたから」

「……反省します」

「メレ・エトゥールはさすが妹君(いもうとぎみ)のことをよくわかっていらっしゃいますね。説得がお上手です」

「……そうではないのです」

「え?」

「あの兄はやると言ったら本当にやるのです。鬼です。鬼畜です。しかも一番の弱点を的確についてくるのです」

「……鬼畜?」

「あそこで従わなければ、私は一生カイル様の部屋を出禁(できん)にされたでしょう。本当にやるのです。シルビア様もお気をつけください」


 その鬼畜に協力を約束をしてしまった。早まっただろうか。

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