(6)兄妹
シルビアはセオディア・メレ・エトゥールの執務室を訪れた。
最近はシルビアがアイリと共に現れると、戸口の専属護衛がすぐに通してくれた。言わば、『顔パス』状態だった。
「カイル殿の様子は?」
「相変わらず眠ったままです。それよりファーレンシア様があまり食事をおとりにならず、そちらの方が心配でして……」
「やれやれ、世話がやける……」
セオディアはファーレンシアの侍女に、ファーレンシアの食事をカイルの部屋に用意するようにと命じた。執務を中断してシルビアと共にカイルの部屋に向かう。
途中、彼はシルビアの肩にウールヴェがいるのを見て微笑んだ。
「よく懐いているようだ」
「ウールヴェですか?はい、最近はどこにでもついてきますね。よく食べるので、戸惑いますが」
「際限がないので、控えめにしてかまわない」
「そうですか。少し控えます」
「ウールヴェは森まで喰らい尽くすからな」
シルビアはセオディアの冗談に少し笑った。
二人がカイルの部屋に入ると、ファーレンシアは眠り続けるカイルの傍らの椅子にいた。侍女達がテーブルと椅子を用意し、食事の準備を始める。
「ファーレンシア」
兄の呼びかけに返事はない。
少女はこの間の件からセオディア・メレ・エトゥールと口を聞こうとしなかった。シルビアは初めて見る兄妹の対立に気をもんだ。
「ファーレンシア、食事をしなさい」
少女はその言葉を無視するかのように寝台の傍から動かなかった。だが、そんなことはメレ・エトゥールの予想の範疇だったらしい。
「ファーレンシア、食事をしないならばカイル殿の部屋の出入りを禁じるが?」
「――!」
兄の脅迫に少女は即座に立ち上がると、侍女のマリカの用意した食事の席についた。
そこへ追い討ちがかかる。
「ファーレンシア、残しても同様の処置を取る」
きっ、と少女は自分の兄をにらんだ。目が赤いのは、泣いてたからに違いない。ファーレンシアは大きく息をつくと、侍女の用意した食事をゆっくりと取り出した。
「……お見事です」
「あとはまかせていいだろうか」
「はい、お手数をおかけしました」
「それはこちらの台詞だ。ああ、午後にお時間があるならウールヴェの使役についてお教えしよう」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
セオディア・メレ・エトゥールは立ち去った。
シルビアはファーレンシアが食事を取ったことに安堵した。カイルより少女の心労の方が不安な要素だったのだ。侍女のマリカを振り返った。
「私の食事もここに用意していただけますか?」
マリカは、ほっとしたように頷いた。
「あの……シルビア様」
ファーレンシアが食事をしながらためらいつつ切り出した。
「おききしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「カイル様は、戻られると自由を失うのですか?」
ああ、あの時カイルとうっかりかわした会話を気に病んでいたのか、とシルビアは気づいた。
「わかりません」
シルビアは正直に答えた。
「これだけの違反は前例がありませんから、何とも言えないのです」
「そうですか……」
「ファーレンシア様がお気になさることはありませんよ。彼自身の選択ですから」
「……でも」
「多分、私達の世界よりエトゥールの方が彼にとって魅力的なのでしょうね。何にも縛られず彼の人生は彼が決める、それでいいような気がしてきたのです」
「……」
「それより、カイルが目を覚ました時に、手伝っていただきたいので、ファーレンシア様も体力を温存してください。睡眠と食事は看護の基本ですよ。この調子ならお手伝いをお願いするのを断念します」
「そんな……兄のような脅迫はやめてくださいませ」
「脅迫が有効手段に思えましたから」
「……反省します」
「メレ・エトゥールはさすが妹君のことをよくわかっていらっしゃいますね。説得がお上手です」
「……そうではないのです」
「え?」
「あの兄はやると言ったら本当にやるのです。鬼です。鬼畜です。しかも一番の弱点を的確についてくるのです」
「……鬼畜?」
「あそこで従わなければ、私は一生カイル様の部屋を出禁にされたでしょう。本当にやるのです。シルビア様もお気をつけください」
その鬼畜に協力を約束をしてしまった。早まっただろうか。