(2)駆け引き②
アードゥルがアドリー辺境伯の話題で機嫌が悪くなるなんて、計算外もいいとこだ。
カイルは小さく溜息をついた。
「僕と姫の婚約の話だけで貴方を引きずりだせたと思えないけど?」
「大災厄がくる。それなのに婚約式か?」
「逆だ。大災厄がくるからだよ」
「意味がわからん。小出しにするな。そこまで奴に似なくていい」
「小出しにするつもりはないけど、貴方の反応が読めないから仕方ないだろう」
理不尽な叱責にカイルは唇を尖らせた。
「大災厄がくる。未来が不安定だ。個人的にはファーレンシア――姫のそばにいたい。公に人々を導くには権力が必要だ。これには、婚約の儀が必要だ。これはメレ・エトゥールもエル・エトゥールも納得して協力してくれている」
「未来は不安定どころじゃない」
「知っている」
「どこまで知っているんだ?」
「同じ質問を僕は貴方にしたいぐらいだよ、アードゥル。貴方は――貴方達はどこまで知って、ここを箱庭として遊んでいたんだ?」
アードゥルは完全に無表情だった。
「恒星間天体がくる」
「うん」
「堕ちる」
「うん」
「巨大な津波が来て、地軸がぶれ、氷河期がきて、全てが滅ぶ」
「僕は少しだけ、世界の番人の心情が理解できるな。それを知っていながら、惑星を箱庭にして遊べる無神経さにびっくりだよ」
カイルは睨み返した。
「しかも五百年という時間、貴方達は放置して無駄にしたんだ。いろいろ策を立てれたはずなのに」
「それは帰還した連中に言え」
「言う前に、僕達は何も知らされずにここにきた。所長のエド・ロウは大災厄前に、地上に残留した研究員達を救出する目的で動いている」
「……アシュルか……」
アードゥルの表情に一瞬だけ懐かしむ影がよぎって、すぐに消えた。
「我々に帰還の意思はない。救出は不要だ」
「歌姫がいるから?」
「なんだと?」
「貴方達が初めて情を移した地上人だ。違う?」
パーンっと、空気が弾けてカイルの頬を掠めた。
右手で頬に触れると、うっすらと血がつく。
「……あのさ、三日後にお披露目なんだから、やめてくれない?」
カイルはイライラした。顔の傷は関係者に激怒されそうだった。
「怒られるのは、僕なんだよ?僕の同僚の医療担当者と、城の侍女達はそれはもう怖いんだから」
「癒しの力で治せばいいだろう」
「あ……その手があったか……」
つぶやくカイルを、アードゥルは呆れた視線で見つめた。
「やっぱり、あれもお前か……」
「あれ?」
「癒しの力をばらまいた」
「――」
カイルはやや思考が停止した。なぜアードゥルがそれを知っているのだろう。
「……それは、もしかして、最近の話?」
「そうだ」
「……金色の光が天から降ってきた?」
「そうだ」
「……誰に?」
「エルネストとミオラス、それになぜか私だ」
「――」
予想外の情報にカイルは考えこんだ。
「ごめん、ばらまいたのは、僕みたい」
「みたい、って言うのは何だ」
「いや、範囲が想定外というか……なんというか……成り行きみたいな……」
「…………おい」
ごにょごにょと小声で言い訳をするカイルに対して、アードゥルの視線に出来の悪い生徒を見るような残念そうな思念が加わったのは、気のせいだろうか。
「あれは、本当に成り行きの偶然の産物なんでっ!!」
「おい」
「エトゥール王にも止められたから、もうしない……と思う……多分……」
語尾が小声になり、不確定表現が追加されたことにアードゥルは眉をひそめた。
「お前はいったい何なんだ?」
「はい?」
「本当に、お前はいったい何だ?」
「えっと……質問の意味がわかりません……けど?」
「規格外すぎる」
「それ、よく言われる……けど……なんか貴方に言われたくない。貴方だって規格外じゃないか」
「お前と一緒にするな」
「念のため聞くけど、それ褒め言葉じゃないよね?」
「規格外が褒め言葉になるわけなかろう」
「ああ……うん……そうだよねぇ……」
カイルは遠い目になった。




