(36)閑話:導師(前編)
カイルと初めて出会った頃のファーレンシアのお話
「ファーレンシア様!ファーレンシア様!」
泣きそうな声で叫ぶように呼びかけるのはマリカだ。
激しい発作のような咳に答えることもできない。
精霊の先見は代償を伴う。代償とし求められるのは、ファーレンシア自身の健康ともいえた。
――苦しい。誰か助けて。
手当をしようにも、対応は限られる。これは病ではないからだ。ひたすら発作が収まるのを待つしかない。
精霊の加護の力を使い、未来への助言を請うのだ。それを行う精霊の姫巫女はその計り知れない負荷に代々短命だった。
エトゥールという国は危機に直面すると、王家に精霊の加護を持つ青い髪の子供が生まれた。
男の子なら歴史に名を遺す名君に、女の子なら精霊と対話が可能な姫巫女になった。それは世界の番人に愛される国として、数々の逸話を生み出した。そして悲話も。
今世のエトゥール王家は二人の子供に恵まれた。人々は名君と姫巫女の誕生に喜び、国が危機に瀕する証に嘆いた。
不幸な事故で先王と王妃が急逝すると、十代半ばでセオディア・メレ・エトゥールはエトゥールの王となった。
彼は祖父を宰相とし、様々な問題に揺れ動くエトゥールを治めようとした。その頃、まだ幼かったファーレンシアは先見の力に目覚め、本人も理解できない言葉を、兄に伝えることで彼の危機を何度も救った。
いつの頃からか、ファーレンシアが見る夢は、悪夢が多くなった。
普通の先見ならもう少し具体的に、助言がもらえる。だがこの悪夢は違った。
人が大勢死んでいくのだ。
火の玉が空から降り注ぎ、人々は逃げ惑う。
逃げ場などなく、生きたまま炎に焼かれる。
多くの者が死体のまま、瓦礫の中に放置されている。
あの美しいエトゥールの街並みが跡形もない。
怪我を負ったものは手当もされず息絶える。
それがなぜなのかわからない。どうすれば、いいのか助言もない。
まさに悪夢だった。
先見の一種かもしれない――ファーレンシアは思い出したくもない悪夢の内容を書き出し、兄に報告した。
セオディアはそれを否定しなかった。ファーレンシアの能力を信じ、悪夢を見ればすぐに報告をするように、と言った。
悪夢は続く。
それとともにファーレンシアの発作の回数が多くなった。
悪夢を見て目覚めれば、次には肉体の苦痛がやってくる。ファーレンシアは日に日に弱っていった。
セオディアは彼女のために優秀な医者を求めたが、全て無駄に終わった。
ファーレンシアは、寝台から起き上がれる日は中庭の精霊樹の下で過ごすようにした。癒しの力がある精霊樹の元ですごすと、肉体的にも精神的にも楽になるのだ。
ファーレンシアは、自分に忍びよる死の影を感じていた。
――私が死んだら、兄はどうなるんだろう。
とうの昔に人並みな幸せは諦めていた。考えるのは、この世に残される唯一の肉親のことだった。
兄を支える者はいる。
第一兵団長や専属護衛達だ。だが、彼等は信頼できても、過度な期待はできない。助言をできる立場でもないからだ。
今、セオディア・メレ・エトゥールに必要なのは、初代王とともに歩み、建国に導いた八人の賢者のような人物だった。
兄を支えることのできる導師が欲しい。ファーレンシアは切に願った。
その日、ファーレンシアはいつものように、精霊樹の木の幹によりかかるように過ごしていた。この時間だけは、侍女たちも控えて、一人にさせてくれた。
まどろむように癒しを浴びていたとき、羽音を聞いたような気がした。
ファーレンシアはあたりを見回し、目を見張った。
精霊樹の枝に赤い鷹がとまっていた。
精霊鷹だ。
エトゥールの吉兆のシンボルがそこにいた。




