(31)癒しの風⑩
セオディア・メレ・エトゥールは、顳顬を指で押さえ、執務机に肘をついて、とてつもなく深いため息をついた。二人の賢者の報告が頭が痛くなる内容だったからだ。
「癒しの力を発動して、ばら撒いたのは察していた。ミナリオがいたからな」
「え?ミナリオにも届いたの?」
完治を隠すはずが口を滑らせてしまった己の失態に、メレ・エトゥールはわずかに顔をしかめたが、カイルは気がつかなかった。むしろ同席したシルビアの方が気づいた。
「ついでに私にもだ」
「メレ・エトゥールにも?」
「やはり、無意識の技術か」
「今後は控えるようにシルビアに言われた」
「当然だ。他国から間違いなく拉致の対象になる」
カイルは首を傾げる。
「具体的に言うべきか?牢に繋げて癒しをかけさせれば、不死軍団の出来上がりだ。本人の家族か、大切な存在を人質に、強要するぐらいはするだろう」
「――鬼だっ!鬼畜の発想だっ!」
「この場合、ファーレンシアが人質になる想定だな」
「……自重します」
はあ、とメレ・エトゥールは二度目のため息をつく。
「後半の報告が理解不能だ。『世界の番人とお友達になりました』とは」
「そのままの意味です」
当事者であるシルビアが答えた。
「シルビア嬢、私は言葉遊びをしたいわけではない」
「奇遇ですね、私もです」
「聖堂に世界の番人がきたのか?」
「はい、トゥーラに呼んでもらいました」
「そんな風に気軽に呼べる存在ではない」
「でも、呼べました」
「……」
メレ・エトゥールは、三度目のため息をついた。
「メレ・アイフェスの予想の斜め上に着地する特技をどうにかしていただきたい」
「斜め下、がよろしかったですか?」
「そうではない」
「全方位を想定するとか」
「そんなのはカイル殿一人で十分だ」
「そういわれれば、そうですね」
「ヒドイ言われようだ……」
カイルがぼそりと嘆く。
「事実ではないか」
「弁解できませんよね?」
「そこ、タッグを組んで責めないで」
「聖堂に世界の番人を呼びつけて――なぜ、お友達なのか?」
「いつでも呼べてお茶ができる存在は、お友達では?」
「お茶はしなくていい」
「失礼しました。私の個人的要望が混ざりました」
「――なんでそうなった?」
「私は宣言しませんでしたか?貴方を死なせないと」
「――」
「それには世界の番人の協力が不可欠なのでお友達になりました。今は贖いの対価としてですが、そのうち真の友情を育んでいきたいと思います」
「意味がわからない」
「真に困ったときに、手を差し伸べるのが友人かと」
「世界の番人に情を求めるのか?」
「私達はあなた方のように、彼を絶対者として認知しているわけではありません。むしろカイルに似て、頑固者で律儀だと思います」
「律儀?」
「初代との誓約を律儀に遵守しています。そこの抜け道を模索して、とりあえず贖いとして、お友達になってもらいました」
「……どこから、どうやって突っ込めばいいのか……」
「あら、突っ込む箇所がありますか?」
カイルは賢明にも二人のやり取りを黙って見守った。
セオディア・メレ・エトゥールは、長い沈黙ののち、二人の賢者を厳しく見つめた。
「これから言う決定事項に従ってもらう」
「なんだろう?」
「まずはアッシュをカイル殿の完全な専属にする。シルビア嬢にももう一人つける。リル嬢にも二人つける。クトリ殿にも二人だ」
「僕に対する人質にならないように?」
「そうだ」
「私は、アイリみたいにお菓子が作れる人なら、いつでも大歓迎です」
「……シルビア嬢」
「あら、失礼しました。個人的な、本当に個人的にささやかな、希望ですので、お気になさらず」
「……善処しよう」
「ありがとうございます」
シルビアは、本当に嬉しそうにメレ・エトゥールに丁寧な一礼をした。
カイルはメレ・エトゥールに勝つことができる人物が生まれたことを悟った。




